任期途中の解任で問われる「正当な理由」と損害額
取締役は、株主総会の決議によって、任期の途中でも解任できます。ただし、解任できることと、会社が損害賠償責任を負わないことは別問題です。会社法339条2項では、解任された役員について、その解任に「正当な理由」がある場合を除き、会社に対して解任によって生じた損害の賠償を請求できると定められています。
ここで言う損害として一般的に問題となるのが、解任されなければ残りの任期中に受け取れたはずだと主張される「役員報酬」です。
たとえば、任期があと8年残り、直近の役員報酬が高額であれば、請求額は大きくなります。ただし、「残任期×直近報酬」が当然に全額認められるわけではありません。報酬決定の経緯、職務内容、会社の業績、解任後の事情など、個別事情によって損害の範囲は争われます。
また、「会社のお金を多く使った」「後継者と対立した」という事情だけで、ただちに解任に法的な正当理由が認められるともかぎりません。職務上の義務違反があったのか、会社にどのような損害や支障が生じたのか、社内の手続きは適切だったのか。裁判では、感情的な評価ではなく、客観的な事実と証拠が求められます。
そして、会社にとって恐ろしいのは、最終的な判決で決定した損害賠償額だけではありません。相手方が将来の回収を確保するために仮差押えを申し立て、それが認められれば、会社の預金や売掛金などの処分が一時的に制約されることがあります。請求の当否が確定する前でも、日々の資金繰りに影響が及び得るのです。
私は司法書士として、会社の機関設計や登記記録、定款、株主総会・取締役会の議事録、報酬決定の経緯などを整理し、会社側の対応を支えました。その過程で実感したのは、役員任期の設計は単に登記の頻度だけの話ではなく、経営の機動性を左右し得る問題だということです。
10年任期が悪いのではなく、「数万円の節約だけで決めないこと」が重要
誤解してほしくないのは、10年任期そのものが悪い制度ではないということです。株主と経営陣が安定し、長期間にわたって役員交代の可能性が低い会社なら、登記の負担を減らせる利点があります。
問題は、「身内だから10年間何も起きないだろう」「費用が安くなるから10年任期でいいだろう」という単純な理由だけで役員の任期を決めてしまうことです。
とりわけ事業承継では、代表権や株式を移しただけで、先代と後継者の権限関係が自然に整理されるわけではありません。先代を役員として残すのか、残すなら職務・権限・報酬・退任時期をどうするのか。株主構成はどうするのか。承継前に具体的な設計と合意をしておかなければ、前任者と後任者の間で「事業承継はしたけどまだ自分の会社」「完全に会社を譲ってもらった」という認識のズレが表面化します。
役員任期を決める際の5つのポイント
役員の任期を決める際には、少なくとも下記5つを確認すべきです。
- 事業承継や世代交代の予定
- 役員同士の関係が悪化した場合の対応
- 役員報酬の決定手続きと妥当性
- 任期途中で交代が必要になる可能性
- 定款や議事録といった社内記録の整備状況
10年任期を選ぶ場合でも、毎年の定時株主総会を適切に開き、意思決定と報酬の根拠を記録しておくことが、将来の紛争予防につながります。
すでに任期を10年にしている会社も、ただちに短縮すればよいとはかぎりません。任期の変更は、在任中の役員の地位や退任時期に影響し得るため、定款変更の内容と効力を個別に検討する必要があります。事業承継や役員交代を考え始めた段階で、司法書士や弁護士などの専門家に相談し、自社に合う方法を選ぶことが大切です。
登記費用は目に見えるため、削減効果を実感しやすいものです。一方、長い任期が抱えるリスクは、関係が良好なうちは見えません。しかし、いったん対立が起きれば、請求額だけでなく、保全手続、資金調達、取引先対応、経営者の時間といった形で一気に表れます。
役員任期は、単なる「登記のサイクル」ではありません。会社が誰に、どれだけの期間で経営を託すのかを決める「経営判断」です。数万円の登記費用を判断の最たる理由にする前に、10年の間に起こり得る変化を想像すること。それが、会社と家族の双方を守る第一歩になります。
辻昭憲
A&T司法書士事務所
司法書士
