「もう旅行には行きたくない」妻が見てしまった夫の姿
雄一さんは驚きました。
「せっかく来たのに、何を怒っているんだ」
「旅行中ずっと、あなたの機嫌を気にしているから。少しでも意見を言えば怒るし、全部私が準備するのも当たり前だと思っているでしょう」
雄一さんは「運転で疲れているだけだ」と反論しました。
しかし美智子さんにとって、問題は今回の運転だけではありませんでした。子どもの学校行事、親族との連絡、家計管理、帰省の準備。雄一さんは長年、それらを「妻が得意だから」と任せてきました。
家族旅行でも、美智子さんが行き先を決め、予約をし、子どもの荷物を準備します。雄一さんは車を運転するだけで、「自分が家族を連れて行った」と考えていました。
「退職したら、一緒にいろいろ楽しめると思ってた。でも、毎日こんなふうに命令されたら、私は休めない」
美智子さんの言葉に、雄一さんは黙りました。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、65歳以上の人がいる世帯では、夫婦のみの世帯が約3割を占めています。退職後に夫婦で過ごす時間が増える世帯は珍しくありませんが、二人だけの生活をどう築くかは、それまでの関係性にも左右されます。
夫婦は予定を切り上げ、翌日に帰宅しました。美智子さんは車を降りたあと、はっきりと伝えました。
「しばらく、あなたとの旅行には行きたくない」
雄一さんは「そこまで言わなくても」と不満そうでしたが、美智子さんは譲りませんでした。老後の時間を、夫の機嫌を取るためだけに使いたくなかったのです。
数日後、雄一さんは一人で旅行の予定表を見返しました。宿の予約、経路、食事場所、持ち物。自分が考えていた以上に、多くの準備を妻が担っていたことに気づきます。
雄一さんは美智子さんに謝り、次に出かける際は、行き先や休憩時間を一緒に決め、予約も自分が担当すると申し出ました。ただし、美智子さんはすぐに次の旅行を約束しませんでした。
「旅行のときだけ変わればいいわけじゃないから」
その後、雄一さんは日常の買い物や食事づくりにも関わり始めました。最初は何を買えばよいかを毎回尋ねていましたが、美智子さんは「自分で冷蔵庫を見て考えて」と伝えました。
夫婦で過ごす時間が増えることは、関係が自然に深まることを意味しません。相手の希望を聞き、準備や負担を分け合わなければ、自由になった時間が新たなストレスに変わることもあります。
美智子さんがドライブ旅行で見たのは、突然現れた夫の別の顔ではありませんでした。これまで仕事や別々の生活時間に隠れていた、妻を従わせるような態度と、家庭のことを任せきりにする姿勢だったのです。定年後の夫婦生活を穏やかにするには、旅行の計画より先に、これからを対等に暮らすための関係を作り直す必要があるのかもしれません。
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