「諦めた」のではなく、移住の時期を変える選択
俊夫さんは、母の言葉に応じれば移住の機会を失うのではないかと焦っていました。
「あと数年と言っても、いつまでなのかわからない。自分たちだって年を取る」
一方、恵子さんにも迷いがありました。移住は自分にとっても長年の夢です。しかし千代さんの通院や買い物をこれまで夫婦で支えてきた以上、急に離れることには不安がありました。
「私たちだけで決めずに、まず相談先を探そう」
夫婦は地域包括支援センターを訪ね、千代さんの生活状況を相談しました。職員が自宅を訪問した結果、要介護認定を申請し、今後に備えて支援体制を整えることになりました。
認定結果は要支援1。週1回の訪問型サービスを利用し、買い物については宅配を併用。緊急通報装置も設置しました。近所に住む親族にも事情を説明し、俊夫さん夫婦だけに負担が集中しないよう連絡体制を作りました。
話し合いの末、夫婦は移住を完全に取りやめるのではなく、3年後をめどに再検討することにしました。それまでは候補地の住宅を購入せず、年に数回、短期滞在を楽しみます。退職金もすぐには使わず、母の支援費用と夫婦の老後資金を分けて管理することにしました。
「私のせいで、ごめんね」
千代さんが言うと、俊夫さんは首を振りました。
「今のまま行ったら、俺たちも心配で楽しめないから」
移住できなかったことへの悔しさがないわけではありません。それでも夢を急いで実現し、母への不安を抱え続けるより、今できる準備を進める道を選びました。
親のために自分の人生をすべて諦める必要はありません。しかし、家族を放って理想だけを優先すれば、移住後に後悔する可能性もあります。時期をずらし、外部の支援を整え、再び選べる余地を残すことも、老後の夢を守る一つの方法なのかもしれません。
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