根底にあるのは、私自身の強い「後悔」
――小林先生が今回、お父様の実話をベースにした書籍『父が溶かした退職金(上)(下)』を執筆された理由から教えてください。
小林先生(以下、小林):
根底にあるのは、私自身の強い「後悔」です。当時、私は父と離れて暮らしており、父がどのような経済状況にあるのか詳しく知りませんでした。しかし、ふと気づいたときには、父の口座の退職金は「さまざまな金融商品」に姿を変えて、大きく減ってしまっていたのです。
父はもともと、学校の教師をしていました。真面目で、人に教える立場だったからこそ、周囲からは「先生、先生」と持ち上げられていたようです。しかし、投資に関してはまったくの素人でした。
きっかけは、銀行の口座に退職金が振り込まれたことです。金融機関は退職金が入金された瞬間にそれを把握しますから、すぐに熱心な電話があり、言われるがまま窓口へ足を運び、さまざまな商品を勧められたのでしょう。父は「よくわからない」と断ることがプライドや性格的にできず、勧められるがままに購入をスタートしてしまったのだと思います。
最初は調子が良くても、相場が変わるたびに「次は、こちらの新しい商品はいかがですか?」と乗り換えを促され、売買手数料だけが膨らんでいく。本人は徐々に何が起きているのかわからなくなり、気づけば資産が激減している。そして、資産が減ると担当者も徐々に距離を置き始め、最後はほったらかしにされる……。これが、私の父の身に起きた現実でした。
投資経験のない50〜60代を狙う「企業セミナー」のワナ
――こうした失敗は、お父様に限った特殊な例なのでしょうか。
小林:
いいえ、まったくそんなことはありません。私が普段、相談をお受けするお客様の中でも非常によく見かける典型例です。
特に今の50代から60代の方々は、就労期間中に投資を学ぶ機会がほとんどありませんでした。今の若い世代は学校やメディアで投資について触れる機会がありますが、今のシニア世代は「投資経験も知識もないまま、突然まとまった大金(退職金)を手にする」という状態になります。
さらに日本には、「家庭内でお金の話を大っぴらにするものではない」という古い価値観が根強く残っています。そのため、一人で悩みを抱え込み、周囲に相談できないまま金融機関の言う通りにしてしまうのです。
最近では、定年を控えた社員向けに企業が「退職前世代向け資産形成セミナー」を開催することが増えています。しかし、企業内に専門家は少ないため、外部の金融機関に講師を丸投げしているケースが多々あります。金融機関はそこで情報を集め、退職金が入ったタイミングでアプローチをかけます。こうした構造的なリスクがあることを、多くの人は認識していません。今の円安やインフレに対する「放っておいたらお金が目減りしてしまう」という焦りも、彼らのガードをさらに下げてしまっています。
金融商品の選び方よりも大切な「距離感」
――初心者が投資を始めるとき、どうしても「どの商品が儲かるか」に目を奪われがちです。それよりも大切な視点とは何でしょうか。
小林:
圧倒的に大切なのは、お金や投資との「距離感」です。
多くの投資初心者は、投資との距離が近すぎます。知識がないからこそ、身近な友人や金融機関の担当者の言葉に簡単に引っ張られてしまう。また、一度投資を始めると、日々の値動きが気になってスマホを何度もチェックし、一喜一憂してしまう。
人間は感情の生き物ですから、自分の資産が目減りするのを目にすると、どうしても恐怖や焦りから「取らなくてもいい行動(狼狽売りなど)」を取ってしまいます。金融商品を選ぶ前に、まず「自分はどのぐらいの時間をかけて投資に取り組み、どのような距離感で投資と付き合っていくのか」を考えることが、身を滅ぼさないための第一歩です。
定年を迎える家族にできること
――もし、自分の親がこれから退職金を手にしようとしている場合、家族としてどのようなサポートができるでしょうか。
小林:
まずは、入り口の段階で「本当にその投資は必要なのか?」を一緒に冷静に考えてあげることです。
世の中の「投資ブーム」に煽られて、「退職金が出たから、何か運用しなきゃいけない」と思い込んでいるシニアは多いです。しかし、なかには十分な貯蓄があり、多少のインフレがあっても今の資産のまま静かに暮らしていける人だっています。それなら、わざわざリスクを取って退職金を溶かす必要はありませんよね。
家族だからこそ、「無理に増やそうとしなくていいんだよ」とブレーキをかけてあげられる存在になってほしいと思います。それでも投資が必要な場合は、金融機関の窓口に一人で行かせず、利益相反のない適切な相談相手を一緒に探してあげるなどのサポートが極めて重要になるのです。


