最終回の今回は、香港ドルの為替制度を現行の「米ドルペッグ」から「人民元ペッグ」に移行するのは、まだ時期尚早であるとする理由をお伝えします。※本連載では、中国経済の専門家である金森俊樹氏が、香港ドルの為替相場制度の現状と今後の方向性について解説していきます。

事態を複雑にしかねない政治的な要因

7.鍵を握る政治要因
このように見てくると、中長期的な方向としては人民元ペッグへの移行があり得るとしても、現状なおそうした経済的条件は整っていない。さらに、香港ドルの難しさは、経済的要因と政治的要因が微妙に交錯しているところにある。

 

2014年から15年にかけ、本年予定されている行政長官選挙で普通選挙をどのように導入するかを巡り、「佔中」、いわゆるオキュパイセントラルの混乱が続いたことは記憶に新しい。その後も、メインランド観光客と香港人との間の軋轢は続き、街頭占拠を主導した学生団体らが「香港独立」を志向する政党を立ち上げ、香港選管は16年9月の立法会選挙で、こうした独立派の一部立候補を認めないとの方針を打ち出したが、その背後には、中国当局の強い意向があると見られた。しかし選挙結果は、大方の予想に反して、反中志向の強い「本土派」が議席を獲得、その後、これら議員の就任宣誓を巡る問題が発生するなど余波が続いている。

 

 

「佔中」で香港ドルそのものが争点になったわけではないが、この間、中国語ネット上では、香港ドルの将来についての議論が目に付く。「1国2制度を前提とする限り、統一通貨はあり得ない」「香港人の香港ドルに対する感情が重要、人民元と香港ドルが併存している現状に問題はなく、文化的観点からも香港ドルを存続させるべき」「経済面から人民元に吸収されるのは必然的方向(勢在必行)」といった意見が交錯している。

現行の「米ドルペッグ」以外で考えられる4つの選択肢

小規模経済に鑑み、自由な変動相場制の可能性はないとすると、米ドルペッグ以外の選択肢としては、①人民元ペッグに移行、②人民元、米ドル、日本円、ユーロなどから構成される通貨バスケットにペッグ、③香港ドルを廃止し、香港でも人民元を使用、④中国全体で新共通通貨を創造し、香港も含め最適通貨圏(OCR)を形成することが考えられる。

 

香港基本法では、「香港ドルは法定貨幣として引き続き流通する」「香港貨幣の発行は100%の準備金で裏付けられなければならない」(111条)と規定されており、おそらく、①、②は基本法を改正する必要はないが、③、④は改正を要する。③、④が機能する経済的条件は、香港とメインランドのインフレ率、生産要素価格、財政政策などが収斂することだが、なおその段階に至っているとは言い難い。香港とメインランドが人民元、またはなんらかの共通通貨を使用することに対する心理的抵抗は大きく、政治的にも、改正議案権は全人代常務委員会、国務院、および香港特別行政区が有するが(159条)、改正権は全人代常務委に属するとされており、普通選挙導入同様、大きな問題になることは容易に予想される。

 

①、②については、基本法を改正する必要はないものの、上記のように経済的条件はなお整っていない他、特に①は香港ドルの「人民元化」であり、やはり「1国2制度・1国2通貨」を維持するのかどうかという政治的に微妙な問題を惹起するおそれがある。

 

香港当局や居民には、少なくとも基本法で保証されている2047年まで現行制度を維持すること、そのためには金融面での独立が不可欠で、政治的・行政的操作の余地がない機械的な米ドルペッグは最も透明性が高く望ましいという政治的考慮が強く働いている。北京が香港側から予想される強い政治的抵抗、拒否感を抑え込み、説得するためには、議論の余地のないまでに経済的条件が整うことが不可欠だろう。そう考えると、現時点で、近い将来、現行制度変更の具体的動きが出てくる可能性は小さく、また香港にとって、制度変更は望ましくもないと見るべきではないか。

 

 

<主要参考文献>
1.夏乐「港币与美元脱钩可能性不大」 2016年2月、新浪博客
2.中信证券「港币会与美元脱钩吗?」 2016年1月、新浪财经
3.金森俊樹「加速する人民元の国際化」2015年5月28日、時事通信金融財政ビジネス
4.同上「香港ドル―カレンシーボード30周年の節目」2013年11月、大和総研ウェブサイト
 http://www.dir.co.jp/library/column/20131101_007842.html
5.同上「香港ドルの行方」2012年6月、同上
 http://www.dir.co.jp/library/column/120622.html
6. 同上「人民元が香港ドルを駆逐する日は来るのか?」2011年11月、同上
 http://www.dir.co.jp/consulting/asian_insight/111107.html
7.Shu-ki Tsang ‘Optimum Currency Area for Mainland China and Hong Kong? Empirical Tests,’ September 2002、 HKIMR Working Paper 

 

 

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