わずか半年で退去…夫婦が気づいた「安心」と「納得」の違い
入居から半年が過ぎた頃、玲子さんは信夫さんに言いました。
「私、ここで最後まで暮らす自信がない」
信夫さんは驚きました。費用面に問題はなく、職員の対応にも不満はありません。食事も栄養管理され、病院との連携もあります。客観的に見れば、老後の住まいとして恵まれた環境でした。
しかし、玲子さんにとって問題はそこではありませんでした。好きな時間に台所へ立ち、近所を散歩し、疲れた日は誰とも話さずに過ごす。そうした何気ない自由が失われたことが、想像以上に大きかったのです。
「お金の問題じゃなかったんだ」
退去を決めたあと、信夫さんは長女にそう話しました。
有料老人ホームでは、契約形態や入居一時金の取り扱い、退去時の返還金などが施設によって異なります。老人福祉法では、有料老人ホームの設置者に対し、入居契約に関する説明や情報開示が求められています。また、入居後一定期間内に契約を解除した場合の返還ルールが設けられているケースもあるため、契約前に重要事項説明書を確認することが欠かせません。
信夫さん夫婦の場合、契約内容を確認したうえで退去手続きを進めました。費用面の痛手はありましたが、生活を立て直せないほどではありませんでした。退去後は、以前の自宅より小さな賃貸マンションに移り、必要に応じて家事代行や配食サービスを利用する形に切り替えました。
「施設が悪かったわけではありません。ただ、私たちには早すぎたのかもしれません」
信夫さんはそう話します。夫婦は今後、介護が必要になったときには再び施設入居を検討するつもりです。ただし次は、費用や設備だけでなく、食事の自由度、外出のしやすさ、夫婦それぞれが一人で過ごせる時間まで確認すると決めています。
老後の住まい選びでは、資金計画が重要です。しかし十分なお金があっても、暮らしの納得感まで保証されるわけではありません。安心を重視するのか、自由を重視するのか。夫婦であっても、その答えは同じとは限りません。
高齢期の住み替えは、人生の終盤をどう過ごすかという選択でもあります。だからこそ、見学時の印象や費用だけで決めるのではなく、実際の一日の過ごし方を具体的に想像し、自分たちに合う暮らし方を見極めることが大切なのかもしれません。
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