「家族だから大丈夫」…少しずつ増えていった息子への頼みごと
正夫さん(仮名・74歳)と妻の恵子さん(仮名・72歳)は、地方都市の分譲マンションで二人暮らしをしていました。
夫婦の年金収入は月19万円ほどです。住宅ローンは完済していたものの、退職金の大半は現役時代の住宅購入や子どもの教育費に充てており、老後資金に大きな余裕があるわけではありませんでした。
それでも定年直後は何とかやりくりできていました。
ところが近年は状況が変わります。電気代やガス代、食料品の値上がりが続き、さらにマンションの修繕積立金も増額されました。年金額は変わらない一方で、支出だけが増えていったのです。
総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯では、可処分所得約22.2万円に対し、消費支出は約26.4万円となっており、平均で毎月約4.2万円の不足が生じています。多くの高齢世帯が貯蓄を取り崩しながら生活している実態がありますが、正夫さん夫婦も同じ状況でした。
最初のうちは預金を切り崩して対応していました。しかし、給湯器の交換や車検、恵子さんの通院費などが重なると、家計の余裕は急速に失われていきます。
そんなときに頼ったのが、長男の健太さん(仮名・45歳)でした。
「今月だけ少し助けてくれないか」
正夫さんが電話でそう伝えると、健太さんは快く応じてくれました。
「困ったときくらい気にしなくていいよ」
その言葉に夫婦は胸をなで下ろしました。
一度助けてもらえたことで心理的なハードルは下がります。その後も給湯器の交換費用、車検代、医療費など、まとまった出費が発生するたびに健太さんへ相談するようになりました。
もちろん毎月ではありません。年に数回程度です。しかし、その状態は数年間続きました。
正夫さんは次第に、「息子は大手企業に勤めているし、共働きだから余裕があるのだろう」と考えるようになっていました。
一方で、健太さんには高校生と中学生の子どもがおり、住宅ローンもまだ十数年残っていました。長女は大学受験を控えており、塾代や学費への備えも必要でした。それでも健太さんは両親に余計な心配をかけたくないという思いから、自分の家計状況を詳しく話してはいませんでした。
親は子を思い、子もまた親を思う。その気遣いが続いた結果、お互いの本当の状況が見えなくなっていたのです。
転機が訪れたのは、恵子さんが白内障の手術を受けた年でした。医療費や生活費が重なり、正夫さんは再び健太さんへ連絡します。
数日後、一通のメールが届きました。そこには短くこう書かれていました。
「申し訳ないけれど、もうお金のことで頼らないでください」
