「増やす」より先に考えるべきだったこと
孝夫さんが後悔したのは、投資を始めたことそのものではありませんでした。問題は、自分がどれだけの損失に耐えられるのかを考えないまま、老後資金の半分を動かしてしまったことでした。
資産4,000万円は大きな金額に見えますが、70歳からの生活を考えると、自由に失ってよいお金ではありません。医療費、介護費、住宅修繕費、将来の施設費用。何にいくら必要になるかは分からないのです。
金融庁は資産形成について、「長期・積立・分散」の考え方を示しています。まとまった資金を一度に特定の株式へ投じるのではなく、時間や投資先を分けることでリスクを抑えるという考え方です。特に高齢期の運用では、生活費として使うお金と長期で運用できるお金を分ける視点が欠かせません。
孝夫さん夫婦は、証券会社とは別に、家計の整理を始めました。今後5年以内に使う可能性がある生活費や修繕費は預金で確保し、投資額は資産全体の一部に抑えることにしました。保有株もすぐにすべて売るのではなく、業種が偏っているものや減配リスクの高いものから見直しました。
「投資をすれば安心になると思っていました。でも、分からないまま大きく動かしたことで、逆に不安が増えました」
孝夫さんはそう振り返ります。
老後の投資で大切なのは、利益を狙うことだけではありません。損失が出たときに生活が揺らがないか、気持ちが耐えられるか、取り崩しの時期と重ならないかを考えることです。
70歳で投資を始めることが遅すぎるわけではありません。しかし、現役時代と同じ感覚でリスクを取ることはできません。
孝夫さんが感じた後悔は、単なる株価の下落によるものではありませんでした。老後資金の本来の役割を深く考えないまま、「増やしたい」という思いに突き動かされてしまったこと。その選択こそが、心に大きく残る結果となったのです。
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