「母は困っていないと思っていた」…相続手続きで見た通帳
浩司さん(仮名・56歳)は、78歳で亡くなった母・節子さん(仮名)の相続手続きを進めていました。父は10年前に他界しており、節子さんは実家で一人暮らしをしていました。
母の年金は月20万円ほど。持ち家で住宅ローンもなく、浩司さんは「母はそこまでお金に困っていない」と思っていました。帰省するたびに「何か必要なものはない?」と聞いても、節子さんはいつも「大丈夫よ。自分のことは自分でできるから」と答えていました。
ところが、相続手続きのために金融機関で取引履歴を確認した浩司さんは、思わず息をのみました。年金が入るたびに数万円単位で現金が引き出され、さらに月に一度、見知らぬ口座へ送金が続いていたのです。
「これは何のお金なんだ……」
通帳の記録をたどると、その送金は数年前から続いていました。金額は毎月3万円から5万円ほど。年にすると数十万円になります。残高は大きく減っていたわけではありませんが、年金生活の母にとっては決して小さな負担ではありませんでした。
浩司さんが親戚に確認すると、送金先は母の妹にあたる叔母でした。叔母は夫を亡くしたあと体調を崩し、生活に困ることが増えていたといいます。節子さんはその事情を知り、誰にも言わずに援助を続けていたのです。
「迷惑をかけたくなかったんでしょうね。お姉さんにだけは頼っていたみたいです」
親戚の言葉を聞いた浩司さんは、しばらく黙り込みました。母は自分の生活を切り詰めながら、妹の暮らしを支えていたのです。
総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の単身無職世帯では、可処分所得約11.8万円に対し、消費支出は約14.8万円で、平均では毎月約3万円の不足が生じています。節子さんは年金月20万円と平均より多い収入がありましたが、医療費や住宅の維持費に加えて親族への援助が続けば、余裕があったとはいえません。
浩司さんは、母が冬でも暖房を控えめにしていたこと、古い冷蔵庫を買い替えずに使っていたことを思い出しました。
「もっと早く気づけなかったのか」
通帳の入出金記録は、母が長年口にしなかった負担を静かに物語っていました。
