妻が医院の経営陣の一員として、お金や相続に関することを把握していたら――夫である院長が大きな失敗をする前にストップをかけることもできます。本連載では、「相続・医業承継」対策における妻の役割について解説していきます。

医療法人化のメリットを巧みに使いこなした妻の事例

開業医一家の相続は、確かに複雑になりがちです。けれども、それでも事前の対策でリスクを防ぎ、大きなトラブルを回避できた例はたくさんあります。

 

本連載では、私が実際に関わった開業医ご一家の事例をケーススタディというかたちでご紹介していきたいと思います。彼らのどんなところがよかったのかを参考にしていただき、あなたご自身にできることを考えるヒントにしていただければ幸いです。

 

Case1 医療法人化のメリットを巧みに使いこなす、淑子さん

 

この事例は、いくつもの場面で、男性でもなかなかできない英断を下し、家族の幸せを守ってきた奥様、大竹淑子さん(仮名)のお話です。

 

私が「淑子さん」といったらまず思い浮かべるのは、しっかり歯ごたえがあるのに、中まで出汁が染み込んだおいしい大根の煮物です。

 

他にも、ヨーグルトに甘酒とバナナを入れた便秘に効くドリンクや、生の九条ネギをたっぷり食べられるサラダ、庭で採れた柚子を使った黄金色のジャム、カサゴの唐揚げ・・・彼女に教わったいろいろなお料理が次々と頭に浮かびます。中には、我が家の食卓の定番になってしまった一品もあるくらいです。

 

淑子さんは一見すると華やかにも見える暮らしの陰で、とても堅実な生活をしていらっしゃいます。洗い物は冬でも水を使い、こたつの上掛けは汚れた箇所だけ外して洗える工夫がしてあったり、洋服はきちんと手入れをし、長く愛用され、私の祖母の暮らしぶりの思い出と重なります。

 

主婦として本当にたくさんのことを勉強させていただいております。私の祖母は、「一家の暮らしは女で決まる。鍋の底を見れば、その家がわかる」と、口を酸っぱくして言っておりました。

 

当時は、「鍋の底までしっかり洗え」と言われているのだと思っていましたが、淑子さんと出会えたおかげで、祖母の言葉はもっと深いものだと気づくことができました。淑子さんの存在を通して、女性の愛情深さと肝の据え方、女性の在り方を学び、まさに「一家の暮らしは女で決まる」を、まざまざと見せていただいたように思っています。

日本のお金のしくみを勉強し、相続に備えた淑子さん

医療法人を設立したばかりの淑子さんに、私がまずお伝えしたことは、〝日本のお金のしくみ〟です。

 

法人を立ち上げたということは、法律上ではひとつの人格をもった「法人さん」が新しく生まれてきたのと同じことです。

 

今までは個人開業でしたので、クリニックの収入=大竹家の収入でした。自分たちのお金ですから、「個人の財布」からお金を出し入れする感覚で、自由に使うことができました。しかし、法人化すると、稼いだお金はクリニックのものです。今度は、「クリニックの財布」から、報酬という形で、ご自分たちのお給料をもらうことになります。

 

このように書くと、「これまで自由にお金を使うことができたのに、何だか急に窮屈になったみたい」と感じるかもしれません。でも実は、法人化することには個人開業ではできない、たくさんのメリットがあるのです。

 

では、どのようにお金のしくみを捉えたら法人にしたメリットを使いこなすことができるのか、私は図やおはじきなどを使って、淑子さんに繰り返し説明をしていきました。

生命保険のメリットをフル活用し、老後生活費を確保

①保険を法人に売却し、現金を確保

 

まず、法人にしたメリットのひとつとして、個人開業医のときにご加入済みの生命保険や、医業用の財産を、法人に売却するという方法をとりました。生命保険や医業用財産を売った代金として、ご夫婦のもとには現金が入ってきます。自分が設立した「法人さん」でも別人格ですから、このような資産の売買ができるのです。

 

そうしておいて、規定をつくりました。もしも理事長に何かあったとき、下りてくる保険金を理事長ご自身や奥様が受け取れるようにするためです。淑子さんは、ご主人とよく打ち合わせをされ、きちんとした規定を作成されました。

 

②タイミングを見て保険を解約し、息子さんの退職金に

 

淑子さんは、大学病院から一時的に戻って診療されていた息子さんが、再びクリニックから大学病院に戻られるタイミングで生命保険を解約し、そのお金で息子さんに十分な退職金を支払ってあげることができました。

 

③保険を理事長に現物支給し、万が一のときに備える

 

そればかりではありません。お金のしくみを理解してコントロールできるようになった淑子さんは、理事長であるご主人がご勇退を決断された際にも、上手に保険を活用されました。

 

退職金の財源として貯めていた生命保険を、今度は現金化せずに、名義を変更することで理事長に現物支給したのです。

 

これには私自身もビックリしたのですが、長年連れ添った奥様の勘は当たるものです。理事長はご勇退されてしばらくした冬に、脳梗塞を患われました。このとき、解約せずに現物でおもちだった保険の保障が残っていたため、安心して闘病生活を送ることができました。

 

淑子さんは生命保険から現金5000万円を引き出し、脳梗塞でも加入できる制度を活用して、1億円の終身保険に変換されました。それを、ご自分の老後生活費として確保されたのです。

 

医師は、もらえる国民年金や厚生年金が少額である場合が多く、退職金制度も足りないので、老後生活資金のプランニングは、奥様がしっかり立てておく必要があります。

 

こんなにも生命保険のメリットをフル活用できる人は、保険業界でもなかなかいません。

 

銀行や税理士の先生方が窓口となって保険を販売しているところもありますが、こういった臨機応変なメンテナンスや活用のアドバイスはできていないのが実情でしょう。

 

生命保険はとにかく奥が深く、保険会社によっても取り扱いが異なるため、〝誰から保険に加入するか〟で同じ商品でも運命が変わります。同じお金なのに、その受け取り効果に大きな差が出てしまうものなのです。

 

この話は次回に続きます。

本連載は、2016年8月27日刊行の書籍『開業医の相続対策は「奥様」がやりましょう』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

開業医の相続対策は 「奥様」がやりましょう

開業医の相続対策は 「奥様」がやりましょう

芹澤 貴美子

幻冬舎メディアコンサルティング

開業医は、今、目の前にいる患者さんの命と健康を預かる、専門的な職業です。新しい医療技術のこと、新薬のことなど、たくさんの情報を常に仕入れていなくては務まりません。なかなかお金の知識を得るための時間はないのが現実…

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