直属の部下の「昇格」を渋ってきたワケ
結論から述べますと、わたしが「報酬」について重視していることは、「今支払う報酬の多寡よりも、将来報酬がアップする希望や確信を重視する」ということです。特に、これまで自分の直属の部下に対してはそうしてきたと思います。ですから、過去にわたしの直部下になった人は、昇給、昇格が遅かったと思います。ごめんなさい(苦笑)。
しかしながら、実際、昇格の際のモチベーションアップよりも、降格の際のモチベーションダウンのほうが大きいのではないでしょうか。ですから、本当にもうこの人は大丈夫だと思えるまで、具体的には、周囲の人から「もういい加減上げてやるべきじゃないですか」という声がかかるまでは、昇格させないようにしてきました。
それは、わたしが「引き上げた」ような印象を持たせたくないからでもあります。
株式会社𠮷野家の創業者の松田瑞穂氏は、「自分しか使えないような部下を育てるな」とおっしゃっていたそうです。わたしも全くそう思います。
もちろん、「大きなセーターを着させる」「職位が人を育てる」という考え方も、否定はしませんし、実際にわたしもそのような人事をすることもあります。何よりも、わたし自身がそうして成長させてもらってきました。ただし、力がまだ不足しているのに、大き過ぎる下駄を履かせて昇格させたりしてしまうと、次に彼や彼女を教育配転させるとき、選択肢が狭くなってしまうリスクは認識しておくべきだと思います。
大切なことは、彼らが近い将来、より大きな仕事をして、より多くの報酬を得られるようにするための機会を提供し続けることではないかと思うのです。
ただし、賞与は別だと考えています。成果に対して支払われるべき賞与については、設定した目標を上回る成果を挙げたのなら、ルールに則って評価し、それに基づいて支払うべきです。
今の報酬よりも、「将来もっと稼ぐ力」を身に付けてもらうために
ここでわたしが言及しているのは、必ずしも短期的な成果だけで決定するわけではない、昇給、昇格についての考え方です。今日支払う、数千円、数万円の直接報酬を上げることよりも、将来もっともっと稼げる力を身につけてもらうためにお金を使いたいのです。直接的な教育費もそうですし、人事異動によって新しい挑戦をする機会を提供したいと思います。
ですから、「自分の下で積める経験はもう十分だな」と感じたら、他の部門への異動を提案します。「よくやってるな」と感じたら、もう潮時です。わたしの下で学べることなんて、もうあんまりないと思ったほうがいい。

