「もう働かなくていい」自由を選んだが…
中村さん(仮名・54歳)は、大手企業で30年以上勤務した後、早期退職を決断しました。
退職金とこれまでの貯蓄、運用資産を合わせた総資産は約1億円。住宅ローンは完済済みで、子どももすでに独立していました。
「ここまで働いたんだから、もういいだろうと思いました」
年金受給まではまだ時間があるものの、資産を取り崩せば十分に生活できると考えていました。支出を抑えれば、20年以上は問題ないという試算も立てていたといいます。
総務省『家計調査(2025年)』によると、高齢単身無職世帯の平均消費支出は月約14.8万円です。中村さんは、自身の生活費を月20万円程度と見積もっていました。
「贅沢をしなければ、問題ないと思っていました」
退職後の生活は、最初のうちは理想的なものでした。朝の通勤がなくなり、好きな時間に起きて、好きなことをする。読書や散歩、時には旅行にも出かけました。
「時間に追われない生活は、本当に楽でした」
しかし、その感覚は長くは続きませんでした。退職から数ヵ月が過ぎた頃、中村さんは徐々に生活の変化に違和感を覚えるようになりました。
最初に感じたのは、生活のリズムの乱れでした。起床時間が遅くなり、食事の時間も不規則になる。外出の機会も減り、一日の大半を自宅で過ごすようになっていきました。
「気づいたら、ほとんど人と話さない日が増えていました」
仕事をしていた頃は当たり前だった他者とのやり取りが、急に減ったことが影響していたといいます。
さらに、資産に対する意識にも変化がありました。毎月の生活費を取り崩すたびに、「減っていく」という感覚が強くなっていったのです。
「頭では分かっていたんですが、実際に減っていくのを見ると不安になりました」
そして決定的だったのは、「時間の使い方」でした。自由な時間が、次第に持て余されるものに変わっていったのです。
「やりたいことがあると思っていたのに、実際には何をしていいか分からなかった」
