通帳残高「0円」の印字…全財産3,000万円が消えた瞬間
そして最後の指示に従い、全財産である3,000万円を指定された「安全な保護口座」へと送金するボタンを押してしまったのです。
「これであなたの資産は守られました。捜査が終わるまで誰にも話さないでください」
その言葉を最後に、電話は切れました。
チヨさんが騙されたことに気づいたのは、数日後に記帳のために銀行のATMへ行き、残高が「ゼロ」になっている通帳を見たときでした。
「嘘でしょ……。お父さんが遺してくれたお金が、全部消えた……」
ATMの前で、チヨさんは膝から崩れ落ちました。親切なサポートは、チヨさんの全財産を自らの手で奪わせるための手口だったのです。
窓口の水際対策を無効化するインターネットバンキングの脅威
警察庁が発表した「令和7年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について」のデータを見ると、インターネットバンキング(IB)を悪用した詐欺の手口がいかに猛威を振るっているかが客観的な数値として表れています。
令和7年の特殊詐欺の認知件数は2万7,758件、被害額は1,414.2億円に達し、過去最悪の被害状況となっています。かつては金融機関の窓口やATMで高額な現金を引き出そうとする高齢者に対し、職員が声をかける「水際対策」が一定の抑止力となっていました。
しかし、犯行グループはその対策を完全にすり抜けるため、被害者自身のスマートフォンを使わせるIB送金へと手口をシフトさせています。
金融機関の窓口に足を運ばせることなく、電話越しの遠隔操作でIBアプリの開設から振込限度額の引き上げ、そして高額な送金手続きまでを一気に完了させてしまうのです。一度の設定で数千万円単位の資金を瞬時に動かせるIBの利便性が、皮肉にも被害を甚大なものにする一因となっています。
実際に、令和7年の特殊詐欺におけるIBを利用した振込の被害額は495.1億円に達しており、振込型被害全体の約6割(60.3%)を占めています。警察庁の分析でも、普段IBを利用しない高齢者などが、犯人から「親切なサポート」を装ってIB口座の開設や振込方法の指示を受け、自らの手で全財産を差し出してしまう深刻な被害が相次いでいることが指摘されています。
チヨさんのような悲劇を防ぐためには、「警察や公的機関が電話でお金を移すよう指示することは絶対にない」という事実をあらかじめ知っておくことが重要です。また、相手がどれほど親切であっても、見知らぬ相手と電話を繋いだままスマートフォンやATMの操作をするのは極めて危険な行為です。
もし「逮捕」などの言葉で不安を煽られても、その場では絶対に従わず、一度電話を切ってから、家族や警察の相談専用電話(#9110)へ事実確認を行ってください。
[参考資料]
警察庁「令和7年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について(暫定値)」
