「インフレによるまやかし」という指摘は本当か?データが示す財政の“正しい評価軸”
この債務残高のGDP比が低下していることについて、高名な経済学者で偉い大学の先生が、「インフレで低下しているだけで実質的には成長していない、まやかしだ」と批判しておられます。おっしゃる通り!です。ですが、いまさらそんなことを言ってもナンセンスでしょう。
先生のご指摘はごもっともですが、債務残高のGDP比がインフレによって低下しているにすぎないから財政状況の改善とはいえない、という評価は、やや評価軸の置き方を誤らせるおそれがあります。
というのも、政府債務は名目値で存在し、名目値で返済されるものである以上、その持続可能性を規定するのは名目GDPとの関係だからです。財政の動学を考える際に決定的な意味を持つのは、実質成長率ではなく、名目成長率と金利の関係です。
名目GDPが拡大することで債務の対GDP比が低下するのであれば、それは教科書的な意味において財政負担が軽減していることを意味します。この点を「まやかし」と表現してしまうと、財政分析の国際的な標準的枠組みそのものを否定することになりかねません。
実際、債務残高のGDP比という指標は日本固有のものではなく、むしろ国際的に最も広く用いられている財政指標です。欧州債務危機の際にも各国の財政状況はこの指標によって評価されましたし、IMFや欧州委員会による債務持続性分析もすべて名目GDP比に基づいて行われています。
他国についてはインフレによる比率の低下を財政改善要因として評価しながら、日本の場合に限ってそれを「実質的ではない」と退けるのであれば、同じ指標を異なる基準で扱うことになり、比較可能性を損なうことになります。
さらに歴史的に見ても、インフレと名目成長によって債務の実質的負担が軽減されてきた事例は少なくありません。第二次世界大戦後の主要国の債務調整も、財政黒字の積み上げだけで達成されたわけではなく、名目成長の力に大きく依存していました。
したがって、名目GDPの拡大によって債務GDP比が低下する現象そのものは、決して例外的でも恣意的でもなく、むしろ財政調整の典型的な経路の一つです。
データから見えてくる、日本経済の“真の課題”
もっとも、ここから直ちに日本経済の実力が高まったと結論づけることができない点は、先生のご指摘の通りです。実質成長率が力強さを欠いているという問題は、日本経済の潜在成長力という別の次元の課題として厳然として存在しています。
しかしそれは、「財政指標としての債務GDP比が改善しているかどうか」という問題とは切り分けて議論されるべきでしょう。実質成長の弱さは成長政策の課題であり、債務比率の低下は財政の持続可能性の指標です。この二つを同一の基準で評価しようとすると、かえって議論の焦点が曖昧になります。
インフレによる名目GDPの拡大を理由に債務GDP比の低下を否定的に捉える必要はありません。それは国際的にも標準的に採用されている評価方法に照らして、正当な財政改善の一形態だからです。
そのうえで、日本経済の真の課題が実質成長力の強化にあることを冷静に認識することこそが、建設的な議論につながると考えます。
