なぜ黙っていたのか…「当てにされること」への静かな警戒
「じゃあ、どうして黙ってたの?」
修さんがそう聞くと、和子さんは苦笑したそうです。
「言ったら、みんな変に心配したり、逆に“余裕があるなら”って思うでしょう。私も、自分のお金のことをあまり口にしたくなかったの」
和子さんは決して派手な暮らしをしていたわけではありません。むしろ、家賃収入がある今も、年金だけで暮らしているかのような生活ぶりを崩していませんでした。
「お金が入るから使おう、とは思わないの。修繕だってあるし、入居者がいなくなれば減ることもある。収入があるからこそ、余計に使わないようにしていたのかもしれないわね」
修さんは、その言葉に拍子抜けする一方で、少し複雑な気持ちにもなったといいます。
「正直、もっと早く言ってくれればいいのに、とは思いました。こちらはずっと“母は苦しいはずだ”と思って見ていたので」
ただ、和子さんの本音は別のところにありました。
「本当はね、隠していたというより、当てにされたくなかったの」
夫の死後、親族の間では何度か相続や不動産の話題が出たそうです。そのたびに和子さんは、「収入のことを詳しく言えば、いずれ誰かの期待や計算が入り込む」と感じるようになったといいます。
「修のことを疑っていたわけじゃないのよ。でも、人って、お金があると分かると見方が変わることがあるでしょう」
実際、不動産収入は安定して見えても、将来の修繕費や空室リスクを抱えています。国税庁の案内でも、不動産所得は家賃収入そのものではなく、必要経費を差し引いた後の金額で考える仕組みです。和子さんも、外壁塗装や給湯器交換の見積書を見ながら、「毎月32万円」という数字ほど気楽ではないと感じていたそうです。
「見た目には“月32万円もある”って思うかもしれない。でも、古いアパートだから、何かあれば一気に何十万円も飛んでいくの。私にとっては、ぜいたくのためのお金じゃなくて、この先を持たせるためのお金なのよ」
その説明を聞いて、修さんも少しずつ考えが変わっていきました。
「自分は家賃収入という言葉だけで、かなり単純に考えていたんだと思います」
