(※写真はイメージです/PIXTA)

金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査(2023年)』によると、60歳代・二人以上世帯の金融資産保有平均額は2,026万円。しかし中央値は700万円と大きな差があり、資産状況にはばらつきがあります。さらに総務省『家計調査(2024年)』では、高齢夫婦のみの無職世帯は可処分所得より消費支出が上回る傾向が示されており、どのタイミングでどう使うかが問われます。

帰国後に見えた「年金生活の現実」

帰国後すぐに生活が破綻したわけではありません。ですが、長期旅行でまとまった資金を使ったことで、「今後の不足を補う余力」が小さくなったのは確かでした。

 

その後、給湯器の交換や車検など、数十万円単位の支出が続いたといいます。どれも珍しい出費ではありません。むしろ、老後の戸建て暮らしでは十分あり得る範囲です。ただ、旅行前なら「必要経費」と受け止められた支出も、帰国後は家計全体を圧迫するものに見えてきました。

 

「お金を使ったこと自体より、老後の時間の長さを甘く見ていたんだと思います」

 

山下さん夫妻は、旅行そのものを失敗だったとは言いません。

 

「後悔しているかと聞かれたら、していません。あの時間は本当に特別でしたから」

 

ただ、そのあとに続けた妻の言葉が印象的でした。

 

「でも、後悔していないことと、不安がないことは別なんですよね」

 

旅行の写真を見返せば、楽しかった記憶ははっきりよみがえります。一方で、通帳残高を見るたびに、これから先の医療費や介護費用、家の修繕費まで考えてしまうようになったそうです。

 

老後は長く、夫婦だけで家計と生活を支える時間もまた長いのが現実です。

 

その後、夫妻は生活費を見直し、外食や旅行を減らしました。夫は再雇用で短時間の仕事を続け、妻も家計簿を細かくつけるようになったといいます。夢をかなえるために使ったお金が悪かったのではなく、その後の暮らしまで含めて設計できていなかった――。二人は、そう考えるようになりました。

 

「老後資金って、“いくらあるか”より、“使ったあとにどう暮らすか”の方が大事なんですね」

 

そう語る夫の表情に、旅行前の高揚感はありません。ただ、現実を直視したあとの静かな納得がありました。

 

長期クルーズは、確かに老後の夢でした。けれど、老後は夢をかなえたところで終わりではありません。帰国後もなお続いていく日常の中で、年金生活の現実は、思った以上に重くのしかかってくるのです。

 

 

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