入国とは裏腹に、実に簡単だった米国からの出国
四日目の夕食は、セントポール側河畔のしっとりした日本食レストラン「菊水」で日本酒、てんぷら、鮨など懐かしい和食を頂いた。
ミネソタ州の在留邦人は五千人という話も聞いた。五日目の午前は大会閉会式でヴィルフス氏がドイツ人初の国際会長に就任した。そして我等のA氏も正式に334A地区ガバナーに決定した。A氏御夫妻は晴々しい顔だった。
コンベンションホールの前にミネソタ管弦楽ホールというクラシック音楽家たちの顔を壁画にしたしゃれた建物がある。ミネソタ管弦楽団はかつて大植英次(現大阪フィル常任指揮者)が音楽監督を務め、次いでドイツ音楽の巨匠で読売響の常任、N響の客演の経歴を持つ我国に馴染み深いスクロヴァチェフスキが監督になるなど日本と縁が深い。
ミネアポリスのダウンタウンのほとんどのビルの二階同士は「スカイウェイ」と呼ばれる屋根付きの高架陸橋と屋内廊下で結ばれ、屋外を通らずに移動できる。寒い冬に備えた見事なアイディアで、商店街も二階に連なっている。セントポールもスカイウェイになっているそうだ。一種の歩行者天国で、自動車が不必要なエコ的な現代性も感じられる。
誇るべき我等のガバナーとはここで別れて、残りのメンバーは十八時五十分発のNW機で約三時間でバッファローへ飛び、ミシガン湖もヒューロン湖も機の窓外に壮大な水面を広げていた。空港からバスで走るとすぐカナダ国境に着いた。米国の出国は実に簡単だった。
肥満、差別…アメリカが抱える問題は予想以上に多い
米国の飲料水は地域でまちまちであり、今回の旅はすべてペットボトルに頼った。ところで、オバマ氏はいま不法移民問題とアフガン問題と環境政策の立ち遅れで悩んでいる。米国は複雑な大国なので、政策が現実化されるまで時間がかかるだろうが、健闘を祈る。
さて、ここでアメリカに関する現代問題四項目を拾ってみよう(編集部注:執筆当時の内容です)。
一・ 昨年のリーマン・ブラザース証券破綻から発した大不況は我国の政治経済を揺るがしたが、当地のアメリカではどうか。ミネアポリスのような地方都市では米国人本来の楽天性で外見大した影響は見当たらないが、ホームレスは増えたそうで冬季は暖かい南部の方に移住する。ただし庶民の格差によるストレスは相当あるようで、そのためか食べすぎで大分肥満ぎみ。
二・ オバマ大統領は四月にプラハ宣言として米国史上初の核軍縮を方向づけたのは嬉しいことだ。しかし米国は不敗かハッキリいうと、ベトナム戦争で一九七五年四月三十日にサイゴン撤退により(降伏宣言をしないでごまかしたが)アメリカは敗北した。それ故に若者のヒッピー化、ドラック流行をはじめ、良きアメリカは消滅し、文化的大混乱になっていると感じる。
三・ オバマの時代で以下の差別問題は無くなることを祈る。一九二四年には約四十万人の日本籍農業移民がいたが、彼らは低賃金でも働いて、白人農民から激しく反発された。外国人排斥問題はダンピングが引き金の場合が多い。一九二四年「排日移民法」と呼ばれる法律ができて、日本人の入国が禁止された。そして太平洋戦争で、二世の若者は米国籍故に愛国心を証明するため軍隊を志願した。一九四五年にローマに進軍した勇敢な日系大隊はローマを前に待機され、別の白人部隊が永遠の都ローマ市内に入り行進した。
榮誉は白人だけで日本人は唯の楯だった。別の日系部隊はフランスで、ドイツ軍に包囲された白人の一隊を救出せよと命じられた。激戦の末日系部隊は二百七人全員を無事救出した。代償は日系米兵八百人の死傷者であった。白人と日系人の命の重さの違いだった(池上彰氏の文献による)。人種差別は明らかであるが、白人は仲間を守るのに夢中だったのだ。平等は進化が遅い。
四・ 生誕二百年のチャールス・ダーウィンの、生物は常に変化するという「進化論」は世界の常識であり、DNAの二重らせん構造が一九五三年に発見されて完全に証明された。
しかるにアメリカでは特殊な現状があり、キリスト教原理主義がジョージ・W・ブッシュの共和党と結託し自由放任経済、進化論禁止を豪語したという。アメリカ人の半数近くがアダムとイブの神話に捕らわれていた有様だ(長谷川真理子氏の対談[中日新聞]による)。
私が思うに旧約聖書の創世記は現在を説明するメタファーで、歴史書ではないだろう。米国は底知れぬ多様さを持つ大国である。しかし、現在の混乱はあるが、基本的に進取と尚武の気性と理想があり、今の日本にはそんな理想が少ないと思う。