歴史、風土、政治・・・世界の「今」を知れば、旅行はもっと楽しくなります! 本連載では、旅行する前に知っておきたい世界各国の歴史や政治状況を、実際に各国へ訪れた著者が紹介します。

先鋭的な建築の街として有名な「ミネアポリス」

私の属する名古屋名城ライオンズクラブから334A地区のガバナー(愛知県の主宰者)候補としてA氏が国際会長から指名された。名誉なことなので我々夫婦も含む十名のクラブ会員が国際大会に随行することとなった。

 

 

大会地は米国ミネソタ州ミネアポリスで期間は二〇〇九年七月六日から十三日までである。我々クラブ員は開閉会式に出席し、その間、観光地として見物の機会が少ないミネアポリス付近を周遊し、次いで大観光地ナイアガラで自然を満喫し、十三日に帰国するプランをJTBに組んでもらった。

 

私はアメリカには四回目の訪米だが、二〇〇八年にアメリカで発生し我が国も襲った世界的大不況や初の黒人大統領オバマの登場など、政治経済面での変貌が以前より激しいだろう。その辺りもしっかり見ようと思う。

 

ミネアポリスはアメリカ合衆国北中部で、五大湖のやや西を南下するミシシッピ川の上流の右岸に面する人口四十万ほどの都市である。西南側を果てしなく広がるトウモロコシ畑や小麦畑のいわゆるプレイリー(大平原)で、アメリカの穀倉地帯だ。

 

経済や芸術が盛んな大都市に変貌し、特に近年は再開発が進み、先鋭的な建築の街として有名になった。気候は北海道程度で夏は乾いた爽やかさがあるが、冬は寒くマイナス二〇度にもなるという。

 

従って比較的北欧移民が多く住みついていて、スウェーデン系が特に多いという。この州は一八〇三年まではフランス領だったが、ミシシッピ流域のいわゆるルイジアナ割譲で米領になった。

 

川の左岸はセントポール市で、人口三十万程度だが、ミネソタ州の州都で落ち着いた行政の街という印象である。ミネアポリスとセントポールはかつてよく似て「ツインシティズ(双子の町)」と呼ばれて、その名残でミネアポリスを本拠地とするアメリカンリーグ所属のメジャー野球チームの名は「ミネソタ・ツインズ」という。

ムッとするほど厳しい、アメリカの「入国審査」

さてツインシティズの紹介はこの程度にして、二〇〇九年七月六日の中部国際空港の出発から話を始めよう。

 

二〇〇一年九・一一に起きたテロ以降、確かにアメリカはテロにおびえきっている。手荷物検査及びボディチェックゲートは厳重であり、全員靴まで脱がされた。女性客の中からは「私、クツシタに穴があいていないかしら」という悲鳴に近い声も聞こえた。

 

また、その前段階の入国手続きの書類は煩雑を極めて、一体アメリカは我々を歓迎しているのかと危ぶんだ。

 

今回の旅行は、帰国してから「疲れたよ!」という方が多かったが、ほとんどこの手続き段階でムッとした(例えば金属製のベルトを外せと言われて手でズボンを吊り上げたり)紳士が不快に沈んでしまったと思ってよい。これもアルカイダのせいか。これはアメリカの未来をどう収拾するかの第一問である。

 

十四時頃、ノースウェスト定期航空のデトロイト行きが満員で離陸して、十三時間のフライトに出発した。地球の裏側までの東行きは時差ボケを避けるために熟睡すべきことを今まで三回の渡米で覚えたので、あまり退屈せずにデトロイト国際空港に着いた。入国手続は当然だが簡単だった。

 

旅行前の説明会で、ちょうど前日にGMの倒産報道でデトロイトの治安は荒廃しているという画面をテレビで見たので、心配して旅行社に確認したら乗り換えだけだから大丈夫とのことだった。

 

着くと、賑やかで浮き浮きしているいつもの空港風景なので安心した。細長いターミナルの中を赤いトラムレールが一直線に走るモダンな雰囲気は、さすがアメリカと思った。現代機械文明のすばらしさを感じたのは今回の旅ではここが一番だ。

 

デトロイト国際空港のトラム
デトロイト国際空港のトラム

 

二時間のトランジットでミネアポリス行きのデルタ航空が離陸した。窓から見渡せる緑豊かな高級住宅地は見事で、ついこの間までのアメリカの繁栄の美しさを実感した。エリー湖の水面が見えていよいよ五大湖地方へまた来れたと感慨無量だった。

 

二時間のフライトでまだ明るい十六時頃、ミネアポリス・セントポール国際空港に到着した。ここは毎日千二百便以上が発着する大空港。ノースウェスト航空のハブ空港である。

アメリカの銃規制に対する本音が見え隠れしたパレード

バスで北方一二キロメートルのミネアポリスのダウンタウンの中心にある三十階のマリオットホテルへ着き荷を解いた。それからバスでダウンタウンを通りぬけミシシッピ川に近い海鮮料理屋で夕食をいただいた。おせじにもうまいとは言えなかったが、今後の食事の程度にはおおよその覚悟がついた。

 

十時頃、やっと夕暮れてきた中をバスは幻のように小さなカルホーン湖の岸を通り、白夜のような赤く低い夕日が水面に輝いた。この街の北方には一千以上の大小の湖があり、広いのは琵琶湖以上だという。ますます北欧を偲ばせる地方だ。

 

釣りにも絶好地で、大きなウォールアイという魚が有名で、湖が凍った冬でも、穴をあけて大勢が釣るという。中心部に帰り、ホテルへ着いてやっと手足をのばした。

 

二日目は晴れのインターナショナルパレードで、百五十四の各国とアメリカの各州それぞれの華やかなお国ぶりのチームが十時から二時間にわたって中心街のニコレットモールを行進した。色とりどりの異民族が、美しさと伝統を誇示して歩くパレードはまさにアメリカ人の最も愉悦とする行事なのである。

 

私はパレードの全部を撮りたくて見物人にまわった。百二十七番目が日本チームで男性は真っ白なユニホーム、女性はユカタに日傘ですっきりしていた。パレードは広い道路、高層建築のニューヨーク型都市が最適だが、ここミネアポリスも今や名古屋をしのぐ超高層ビルが密集し、パレードを意識したのかはわからないが、再開発は成功したといえよう。

 

さて果たして平和なパレードの中に一点アメリカ的な問題点を抱えたチームがあった。某州の若い男女のバトントワラーがバトンの代わりに木製だが銃の形の棒を一斉に使っていた。初めはジョークかとおもったが、ふと気づいたのは、この国は武器携帯が自由なのである。周りの人々はなんとも思っていない様子だった。

 

昨今銃禁止の運動も起きているようだが、基本的にはフランス革命と同時代に独立したこの国で、市民が武器をもつことは暴悪な権力に対抗する当然の権利としてむしろ自慢している。

 

一つのデータがある。シアトル(米国)とバンクーバー(カナダ)は国境をはさんだ同規模程度の都市で、文化的にも似ているといわれる。一九八〇年から八六年まで、この二都市の犯罪発生率は大体同じだったが、殺人発生率で比べるとシアトルの殺人発生率は、バンクーバーの五倍だったのだ。

 

カナダの方が少ないのは銃規制があるからだろう。皆さまにも何か感じとって頂ければと思う。

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    藤間 敏雄

    幻冬舎メディアコンサルティング

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