優遇した孫の「まさかの変化」
翔太くんは中学・高校も私立へ進学。学費は教育資金口座から支払われ、大学進学時にも入学金と前期授業料の一部が充てられました。経済的な不安は一切なく、環境は恵まれています。しかしその一方で、隆一さんは折に触れてこう言いました。
「いずれは不動産の管理を手伝ってくれ」
「じいちゃんの老後は頼むぞ」
期待の言葉でしたが、翔太くんにとっては重荷です。自分の将来を自由に選べず「応えなければならない」という圧力が強くなっていきました。そして、大学進学で県外に出ると、翔太くんはほとんど帰省しなくなりました。
孫差別の結果…介護施設での現実
翔太くんが大学に入って1年ほど経った頃、隆一さんにとって大きな事件が起きました。心不全を起こして入院し、要介護3の認定を受けたのです。
妻は早くに他界しており、自宅での生活は難しい状況のため、入居一時金400万円、月額22万円の介護付き有料老人ホームに入居することに。貯蓄があるため支払いに困ることはありません。個室で、食事も整い、医療連携も万全です。
しかし、想定外だったのは“家族の距離”でした。翔太くんは「授業が忙しい」と、顔を出したのは1回きりです。
長男夫婦は月に一度ほど訪れていましたが、隆一さんが会うたびに「翔太は将来どうするんだ」「家のことも考えろ」と強く言ったことで、次第に間隔は空いていきました。
次男・長女一家にいたっては、一度も訪れることがありません。長年積み重なった差は「孫差別」と受け取られ、確実に心の距離を広げていました。そして、隆一さんは冒頭のような“孤独”の中にいます。
それでも「大学を卒業したら、きっと翔太は戻ってくるはず――」。隆一さんにとって、それだけが心の支えだと言います。
