(※写真はイメージです/PIXTA)

「遺言さえあれば安心」「配偶者は1億6,000万円まで税金がかからないから有利」そう信じている方は少なくありません。しかし、相続人が「認知症」を患っていた場合、その常識は一瞬で崩れ去ります。今回は、亡き父の“愛ある遺言”によって、実家の売却も預金の引き出しもできなくなり、さらには将来の高額な税負担まで確定してしまった家族の事例を紹介します。

対策①:家族信託(資産管理の切り札)

認知症対策として有効なのが「家族信託」です。

 

生前、自宅や預金を「信託財産」として敏之さんに託しておく契約です。こうすれば、たとえ父が亡くなり母が認知症になっても、管理権限を持つ敏之さんの判断で、実家の売却や預金の利用をスムーズに行うことができました。

 

ポイント:「受益権(利益を受ける権利)」は父から母に移しつつ、「管理権(ハンコを押す権限)」だけを息子に渡すことができるため、母の生活を守りながら資産凍結を回避できます。

 

さらなるメリット:遺言と異なり、「父が亡くなったら母へ、母が亡くなったあとは長男の敏之へ」といったように、数世代先の承継先(受益者連続)まで指定できるため、「家督をどう継がせるか」という想いも確実に実現できました。

 

対策②:信託銀行の「認知症対応型」金銭信託(次善の策)

もし、武夫さんが「家族信託のような複雑な契約は嫌だ」と拒んだ場合でも、せめて「預金の凍結」だけは防ぐ手だてがありました。信託銀行などが扱っている「認知症対応型」の金銭信託の活用です。

 

これは、あらかじめ現金を信託銀行に預け入れ、「自分に万が一のことがあったあと、妻の医療費や施設費については、長男が請求書(領収書)と引き換えに、信託銀行から払い戻しや振り込みができる」といった設定をしておくものです。

 

これを利用していれば、自宅などの不動産対策にはなりませんが、少なくとも「当面の母の介護費用が引き出せない」という最悪の事態だけは回避できたはずです。

まとめ:愛情だけでは家族は守れない

武夫さんの「全財産を妻に」という遺言は、間違いなく松子さんへの深い愛情から生まれたものでした。しかし、受け取る側の「判断能力」という現実を直視しなかったために、その愛情が呪縛となってしまいました。

 

親が元気なうちに、あるいは「親の老いに気づいた最初の違和感」の瞬間に、感情論ではなく「現実的なシミュレーション」ができるか。

 

「遺言」は資産を渡すためのツールに過ぎません。渡したあとに家族が困らないよう、「家族信託」や「管理機能付きの信託商品」といった守りの仕組みを用意できているかどうかが、資産と家族を守れるかどうかの境界線となります。

 

 

市山 智

司法書士/行政書士/AFP(日本FP協会認定)

※本記事は、筆者の経験に基づき、守秘義務の観点から事例を一部修正・変更して作成しています。また、本記事で紹介した対策は一例であり、個別の状況や資産内容等によって最適な判断・選択は異なります。金融機関ごとの具体的な手続き方法については各窓口へ、ご家庭に合った対策の選び方については専門家へ、それぞれご相談されることをおすすめします。

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