家族の人格に異常が…それでも後遺障害と認められない
たとえばあなたの配偶者や子どもが不幸にして交通事故に遭ったとする。幸い大きな外傷もなく、頭を打ったようだが病院で検査しても特に大きな異常は認められなかった。
ところが、しばらくして様子が変わってくる。以前に比べて動作が遅くなり、話し方もぎこちない。情緒不安定になって癇癪を起こしたりする。以前の明るい性格が消えてしまい、やたらと怒りっぽくなったり、神経質になったりして、まるで別人のようになってしまった・・・。
家族の誰かがこんな状態になったら、とても心配で不安になるだろう。医師に聞いてみると、やはり交通事故による脳損傷が原因だと言われる。そして医師から「高次脳機能障害」というものだと告げられる。
高次脳機能障害? 聞きなれない病名だが医学の分野では昔からある病名だと知らされる。MRIなどでは特に異常は見られないものの、精神活動に明らかに変調や障害が起きてしまうのだという。
いずれにしても、これまでのようなコミュニケーションが取れない不自由さ、何より人格が変わってしまったことで、本人はもちろん家族の苦しみも計り知れないものがある。信頼し、愛していた家族の人格が変わってしまうのだから・・・。
こんな深刻な障害を抱えることになったにもかかわらず、後遺障害として認められない、あるいは最低限の14級の認定しかされないとしたら・・・。そんなことが我が国の後遺障害認定では当たり前に起こっているのである。
事故によって人格を作る脳機能に障害が残ることがある
ここで「高次脳機能障害」について詳しく説明しよう。交通事故の被害者の中には記憶障害や言語障害、性格の変化や精神的に不安定になるなどの症状が現れる場合がある。高次脳機能とは言語や抽象概念、理性的な判断や自己コントロールなど一個の人格として精神性と社会性を保つための広範囲で高度な脳機能を指す。
要は人間的な理性を司り、まっとうな人格を作る脳機能のことである。これらの機能に障害が起こることを高次脳機能障害と呼んでいる。
以前から交通事故の後遺症にこのような脳機能障害はあったと思われるが、高次脳機能障害としての概念が定まったのは比較的最近で、我が国では1980年代に入って医学やリハビリの分野でしきりにその存在が論じられるようになった。
医療技術の進歩によって、それまでなら助からなかった重篤な患者が蘇生し、延命できるようになったことも大きい。多くの場合、脳機能に障害が残り、以後の社会生活に大きな支障を来すケースが増えてきたのである。
このような高次脳機能障害は重篤なものを除いて、事故後早い段階では明確にその症状を確認することが難しい。意識もあり、コミュニケーションも問題なくできるので一見すると特に障害があるとは思えない。
しかし日常生活に戻りしばらくすると、次第に様子が変わってくる。やたらと物忘れが激しくなったり言葉がうまくしゃべれなくなったりする。動作が遅くなり集中力がなくなってしまう。やたらに怒りっぽくなったり、こだわりが強く頑固になる。情緒が安定せず躁状態になったと思うと急にふさぎ込んでしまう・・・。
これらの症状は半年、1年と時間を経過すると消えてしまうこともあれば、継続する被害者もいる。問題なのは被害者の家庭生活、社会生活に大きな支障を来すことである。コミュニケーションや自己コントロール力を失ってしまうために健全な人間関係を築くのが難しくなってしまうのだ。被害者はもとより、家族もまた社会的に孤立してしまう。
このような高次脳機能障害者を救済する取り組みが各国でなされた。特に米国では年間約8万人の脳外傷による慢性的障害者が発生し、累積では人口の2%に当たる530万人が脳外傷を原因とした障害を持ちながら生活しているという。
1987年、脳外傷者のためのリハビリテーションサービスの必要性から脳外傷モデルセンタープロジェクトを開始、全国にリハビリセンターを造り、それらがネットワークでつながって情報を共有し、患者の機能回復、就労、社会参加を支援している。
この話は次回に続く。