前回は、「自賠責の認定基準」そのものに対する問題提起をしました。今回は、欠点があるにも関わらず、自賠責と保険会社が「制度の現状維持」にこだわる理由を見ていきます。

交通事故による後遺障害を頑なに認めない保険会社

前回に引き続き、後遺障害を負った交通事故被害者が、損害賠償を求めた訴訟の事例を紹介する。

 

我々はこれらの主張を中心にして裁判に臨んだのである。そしてさいたま地裁においてこの問題に関して史上初といってよい勝訴を勝ち取った。

 

ただし、これからが本番である。当然相手はすぐさま控訴した。その控訴理由書は約2万字に及ぶ膨大なものだ。ここから見ても損害保険会社側の並々ならぬ意気込みと覚悟が分かる(本原稿執筆現在、東京高等裁判所の判決待ちである)。

 

ただし、膨大な文章量に反して、その争い方は実に腑に落ちないものである。長期にわたり痛み止めを処方されているのだが、カルテに痛みの申告がないことから痛みはなかったはずだとか、長年車いすで生活しているうちに頸部や手首に負担がかかり、それによって痛みやしびれが起こっていると考えられるとか、リハビリで水泳やテニスなどをしている以上は症状が残存しているか疑問であることなどを理由として、被害者の症状は交通事故由来ではないと結論付けているのである。

 

我々からすればなんとも苦しいこじつけにしか見えない。症状は車いす生活による負担からだというが、ほとんど憶測の域を出ないものである。しかも、被害者が使わざるを得ない車いすが、後遺症の原因であると言い放つあたり、なんとも被害者の気持ちを無視した傲岸不遜な主張だと思うが、皆さんはどう考えられるだろうか?

「自賠責の運用の是非」が争点となることを警戒

また控訴理由には自賠責の創設経緯から始まって、労働災害補償保険に関する規定に準拠しなくてはならない立場から加重規定や同一部位の解釈を説明し、原判決の不当性を述べている。そこには障害者差別に対する合理的な根拠の主張はない。

 

そして自賠責保険は大量迅速な被害者救済を行うことを要求される制度であり、全損害を補塡することを目的としていない。ある程度の画一的で形式的な対応で既存障害を有する被害者の損害については支払い対象から除外することも、自賠責保険においては妥当だと言い切っている。

 

そこには何としても現行制度を守ろうとする必死な保険会社の姿勢がある。加重規定の解釈では労災に準拠しているだけと逃げ、とにかく事故と後遺障害の因果関係を切ってしまえば、そこから先の自賠責の運用の是非の争点に進まないとばかりに考えているのである。

 

自賠責保険の、依頼者本人に対する尋問は、後遺障害を否定する方向の質問しかしていなかったことは、その姿勢の表れであろう。

 

同理由書の最後の「結論」部分は特に自賠責保険の態度がよく表れている。それによれば大量の事案を迅速に処理しなければならない自賠責保険の性質から「実際に発生した損害に見合う保険金が支払われないことも生じ得る」としたうえで、同制度が「創設されたことによって被害者は基本保障の補塡を受けられるようになったから、被害者救済のために果たしている役割は極めて大きい」と自画自賛している。

 

日々交通事故の補償や賠償における矛盾に直面している被害者たちが、この言葉を聞いて何を感じるだろうか?

 

我々は自賠責保険の制度全体を否定するつもりはない。その意義も当然認めている。だからこそ現状の不備や不足があればそれを指摘し、改善することでより良い制度になってほしいと考えるだけである。

 

「結論」の文章を見る限り、そこにあるのはとにかく現状を変えたくないという頑なで硬直化した保険会社の姿勢であり実態である。そこに少しでもくさびを打ち込めるかどうか? それは次の高裁の判断に大きく委ねられているのである。

本連載は、2015年12月21日刊行の書籍『虚像のトライアングル』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

虚像のトライアングル

虚像のトライアングル

平岡 将人

幻冬舎メディアコンサルティング

自賠責保険が誕生し、我が国の自動車保険の体制が生まれて約60年、損害保険会社と国、そして裁判所というトライアングルが交通事故被害者の救済の形を作り上げ、被害者救済に貢献してきたが、現在、その完成された構図の中で各…

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