前回は、「自由診療」をめぐる交通事故被害者の窮状を紹介しました。今回は、保険会社が交通事故被害者の「症状固定」を急ぐ理由を見ていきます。

後遺障害賠償制度」の存在を知らされていない被害者

保険会社が症状固定を急ぐのは、治療費や休業損害を抑えるためだけではない。実は後遺障害の認定に大きく関わっているのである。

 

たとえば交通事故に遭って、ムチ打ち症になったとしよう。その受傷から3カ月、4カ月程度で症状固定した場合、多くは後遺障害申請をしても非該当になってしまう。というのも後遺障害が認められるには、ある程度の治療期間があることが、症状の重さの証明にもつながるからだ。

 

被害者がこのような事実を知らないことをいいことに、保険会社は3カ月くらいで症状固定を求めてくる。それで痛みなどが残っていたら後遺障害の賠償で何とかすればいいなどと無責任に勧めるのだが、3カ月では後遺障害認定が下りないことを知ったうえでの故意であるとしか思えないのである。

 

それどころか交通事故被害者の中には後遺障害賠償制度の存在すら知らない、知らされていないケースさえある。サリュにも、症状固定から何カ月も過ぎて、どうしても痛みが引かないがどうしたらいいかと被害者が相談に来ることがある。

 

症状固定後に残っている障害に関しては損害保険料率算出機構に後遺障害認定の申請をして後遺障害として認めてもらい、しかるべき賠償を受ける権利がある。しかし、被害者が知らないことをいいことに、保険会社はあえてその制度や仕組みを本人に告げず放っておいたままなのだ。何ともひどい話である。

 

このようなケースの場合、後遺障害認定という方法があると被害者に教え、医師に後遺障害認定のための症状固定の証明書を書いてもらうよう打診する。

 

しかしすでに何カ月も前の治療の件で弁護士からいきなり連絡が来ることで、警戒したり面倒に感じたりする医師も多いのである。協力してもらうためには細心の注意を払わなければならない。

整骨院等で治療をした場合、後遺障害の認定は難しい

また、これもあまり一般には知られていないのだが、整骨院や接骨院で治療をした場合、後遺障害の認定は認められにくい。

 

後遺障害認定の前提として、症状や障害の資料が不可欠となる。その症状や障害についての診断は医師にしかできない。整骨院や接骨院での処置を治療として認めてもらうには、医師の指示や同意のもとで通う必要があるのだ。

 

さらに、病院の過剰診療・濃厚診療の問題は前回説明したが、整骨院や接骨院は、より強くその疑いをかけれられ、治療費を争われやすいのである。

 

このようなことを知らないまま、整骨院のほうが体が楽になるから、あるいは働きながらでは時間的に病院には通えないからと、整骨院に通い続ける人がいる。いざ後遺症が残って賠償を受けようとしてももう遅い。このように、知らないがゆえに本来受けるべき賠償を受けられずに終わる場合も少なくない。

 

これらは、あくまで一例にすぎない。実務を知らないがゆえの不利益など、他にも山ほどあるだろう。しかし、このような被害者の状況は、賠償制度や実務の運用を知らないほうが悪いと、正当化できるものなのだろうか?

 

交通事故はある日突然わが身に降りかかるものである。それを想定して制度や仕組みをあらかじめ学び、熟知している者などいるはずがない。

 

情報格差の是正、交渉力格差の是正というのは、公平を重視する法制度であれば必ず採用される原則である。交通事故被害者に正しい知識と情報を与えることで、しかるべき賠償を受けられるように導くのが、交通事故賠償の本来あるべき形ではないだろうか。

本連載は、2015年12月21日刊行の書籍『虚像のトライアングル』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

虚像のトライアングル

虚像のトライアングル

平岡 将人

幻冬舎メディアコンサルティング

自賠責保険が誕生し、我が国の自動車保険の体制が生まれて約60年、損害保険会社と国、そして裁判所というトライアングルが交通事故被害者の救済の形を作り上げ、被害者救済に貢献してきたが、現在、その完成された構図の中で各…

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