もし、時計の針を戻せるなら?
では、生前の段階で、あるいは相続直後の段階で、どのような対策が可能だったのでしょうか。
茂男さんのような真面目な性格の親の場合、家族のためによかれと思って遺言を書いたはずです。もし生前に「家を維持するコスト」について親子で話し合えていれば、結果は違ったでしょう。
アプローチ①:遺言書作成時に「付言事項」を活用する
もし茂男さんが遺言書作成時に専門家へ相談していれば、「不動産を継ぐ人には、それを守るための現金(軍資金)もセットで渡さないと負担になる」というアドバイスができたはずです。そのうえで、遺言書の「付言事項(ふげんじこう)」に、「長男には家を守ってもらう負担があるため、現金を多めに配分する」といった理由を書き添えておけば、修さんも納得しやすかったでしょう。
アプローチ②:相続開始直後の「リスク試算」
遺言が残されていたとしても、誠さんが相続手続きに入る前に一度立ち止まっていれば、救いがありました。「この不動産を維持するには、今後20年でこれくらいのコストがかかりそうだ」という試算さえあれば、遺産分割協議で修さんと交渉し、内容を変更する余地があったからです。
その遺言、「受け取ったあと」の生活が見えていますか?
誠さんは現在、実家の売却を決意し、活動を始めています。しかし、現実は甘くありません。
「不動産会社からは、『築40年の家は価値がないどころか、解体費用の分だけ土地値からマイナスになります』といわれました。父のこだわりの庭石や樹木の撤去費用もかさみ、手元に残るお金は当初の想定(評価額5,000万円)よりも、かなり目減りしそうです……」
「親の想い」が込められた遺言書。それは尊重されるべきものですが、それが残された家族の生活を圧迫しては本末転倒です。
• 不動産偏重の資産構成になっていないか?
• 「評価額」だけでなく、「維持コスト」や「処分コスト」まで計算に入れているか?
• 親の想いと、現実の生活コストのバランスは取れているか?
これらを判断するには、法的な手続きの知識だけでなく、将来のお金の流れを読む力が必要です。「うちは遺言があるから大丈夫」と安心せず、「その遺言を実行したら、自分の家計はどうなるか?」という視点で検討することをおすすめします。
親が元気なうちに動くことが理想ですが、相続が起きてからでも、ハンコを押す前であれば打てる手はあります。後悔のない相続のために、まずは現状の「リスク」を知ることから始めてみませんか。
市山 智
司法書士/行政書士/AFP(日本FP協会認定)
