(※写真はイメージです/PIXTA)

相続において「長男が不動産(実家)を、次男が現金を」という分け方は、一見するとスタンダードで平和的な解決策に見えます。しかし、そこには資産額(バランスシート)だけを見ていては気づかない、「落とし穴」が潜んでいます。今回は、公正証書遺言があったにもかかわらず、不動産を相続したことで老後資金が枯渇し、破産の危機に瀕してしまった長男の事例をご紹介します。

「資産」だと思っていた家が、現金を飲み込む「負債」へ

実家は築40年近くになりますが、バブル期特有の贅沢な造りで、敷地も広く、立派な庭石や松の木が植えられています。問題は、これまで茂男さんが一人で負担していた「維持費」の存在でした。

 

まず驚いたのが、毎年春に届く「固定資産税」の通知書です。広大な土地と立派な建物には、年間15万円近い税金が課せられました。さらに、住み始めて半年後、大型台風が直撃した際に屋根の瓦がずれ、雨漏りが発生してしまいます。

 

「業者に見てもらったら、『立派な日本瓦を使っているから、修理には特殊な技術がいる。足場を組んで全面改修すると300万円はかかる』といわれました。さらに、古い給排水管の交換や、シロアリ対策も必要だと……」

 

見積もりの合計は500万円を超えました。さらに、茂男さんが大切にしていた庭木の手入れには、年間20万円以上の植木屋代がかかります。

 

誠さんの手元には、自分の老後資金としてコツコツ貯めた2,000万円がありました。しかし、家の修繕と毎年の税金で、その虎の子の預金が猛烈なスピードで減っていくのです。一方で、現金を相続した修さんは、運用で資産を増やし、家族で海外旅行を楽しむなど余裕のある生活を送っています。

 

「弟に『立派な家をもらえてよかったな』といわれましたが、皮肉にしか聞こえません。現金をもらった弟が勝ち組で、不動産をもらった私は負け組……。この家は資産じゃない、私の老後資金を食いつぶすだけの金食い虫です」

 

誠さんの目には、涙が浮かんでいました。

なぜ「平等な相続」が「不公平」になったのか

今回のケースについて、法的に見れば茂男さんの遺言は完璧であり、手続きになんら瑕疵(かし)はありません。しかし、「法的な正しさ」と「経済的な正解」は必ずしも一致しないのが相続の怖いところです。

1. 資産の「流動性」の欠如

この資産状況の最大の問題は、「流動性の格差」です。

 

修さんが相続した5,000万円の現金は、いつでも使える「流動性の高い資産」です。生活費にも、投資にも、納税にも使えます。一方、誠さんが相続した不動産は、売却しない限り1円にもなりません。それどころか、所有しているだけで固定資産税や修繕費というキャッシュアウト(現金流出)を発生させます。

 

多くの人が「資産総額」だけで公平性を判断してしまいますが、「キャッシュフロー(現金の流れ)」を無視すると、誠さんのように「資産はあるのに生活が苦しい」という状態(資産富裕・キャッシュフロー貧乏)に陥ります。

 

2. 遺言があっても「話し合い」はできた

ここが重要なポイントで、「遺言書があったら、絶対にそれに従わなければならない」わけではありません。今回のケースでは、実務上、相続人全員(および遺言執行者)の同意があれば、遺言とは異なる内容で遺産分割協議を行うことが可能です。

 

もし、相続発生直後の段階で、誠さんがこの「維持コストのリスク」に気づいていれば、修さんにこう持ちかけることができたはずです。

 

「実家を継ぐけれど、維持費だけで私の老後資金が尽きてしまう。不動産を取得する代わりに、修繕費として現金から1,000万円をわけてくれないか」

 

あるいは、不動産を売却して現金を分ける「換価分割」という手法も取れたかもしれません。ただし、換価分割には以下の税務上の注意点があり、安易に選択できない側面もあります。

 

•    小規模宅地等の特例が使えなくなる恐れ: 相続税の申告期限前に売却してしまうと、土地の評価額を80%減額できる特例が適用できず、相続税が跳ね上がる可能性があります。

•    譲渡所得税の発生: 売却益が出た場合、約20%の税金がかかります。特に、親が土地を買った当時の契約書が見つからない場合、取得費がわからず多額の税金が発生する「5%ルール」のリスクも考慮せねばなりません。

 

誠さんは、こうしたシミュレーションを行うことなく、「父の遺言だから」「長男だから」という思考停止に陥り、選択肢を捨ててしまったのです。

 

次ページ具体的な対策法は存在する

※本記事は、筆者の経験に基づき、守秘義務の観点から事例を一部修正・変更して作成しています。また、本記事で紹介した対策は一例であり、個別の状況や資産内容等によって最適な判断・選択は異なります。金融機関ごとの具体的な手続き方法については各窓口へ、ご家庭に合った対策の選び方については専門家へ、それぞれご相談されることをおすすめします。

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