親の性格に合わせた「最適解」はあったのか?
では、健二さんはどうすればよかったのでしょうか。最近では「家族信託」や「認知症保険」といった備えも注目されていますが、今回の昭三さんのように「金銭管理への執着が強く、頑固な性格」の場合、財産の名義を子に移す家族信託のような対策は、「財産を奪われる」という感覚を持たれてしまい、導入のハードルが非常に高いのが現実です。
もし、私が当時の健二さんにアドバイスできていたとしたら、もちろんどの制度にも一長一短があり詳細な設計は必要ですが、今回の昭三さんの性格や状況を最優先に考えると、以下の2つのアプローチが現実的でした。
1.金融機関の「予約型代理人」サービスの登録
金融機関によっては、本人が元気なうちに「将来、自分が認知症になったときに備えて」代理人(通常は子)を登録できるサービスがあります。これなら、財産の名義を変える必要はありません。「お父さんの財産はお父さんのものだけど、もしものときに銀行手続きで困らないよう、僕を『事務の代行役』として登録だけしておこう」という言い方であれば、昭三さんのプライドを守りつつ、納得を得られた可能性が高いでしょう。ただし、この制度で守れるのは「その銀行にある預金だけ」です。不動産の売却や、他行の預金、施設との入居契約まではカバーできません。「とりあえずのつなぎ」としては有効ですが、これだけで将来のすべてが安心というわけではない点には注意が必要です。
2.将来型の「任意後見契約」
「元気なうちは今まで通り自分でお金を管理し、万が一、認知症などで自分ができなくなったときだけ息子に権限を渡す」と決めておく契約です。将来いざ認知症になり、この契約をスタートさせる(発効させる)段階で初めて、家庭裁判所に申し立てて、息子の健二さんを「後見人」として選んでもらうことになります。「認知症になったあと、息子が勝手なことをしないよう裁判所がチェックする」という仕組みになっているため、警戒心の強い昭三さんにも「それなら安心だ」と納得してもらえたかもしれません。
親の「プライド」と「資産」を守るために
「もっと早く、銀行の手続きという名目だけでも一緒に窓口に行っていれば……」と、健二さんは深く後悔されていました。
親が元気なうちは、「お金の話」はタブー視されがちです。しかし、いざ認知症になってからでは、今回の事例のように「本人のためのお金」すら使えなくなるという、誰も望まない結末が待っています。
今回ご紹介した「予約型代理人サービス」のような銀行の制度は、単なる事務手続きではありません。「資産管理を奪うものではなく、万が一のときに銀行が止まらないようにするための『保険』のようなものだ」と伝えてみてください。あくまで「お父さんの財産を守るため」というスタンスで寄り添えば、頑なな心も開くかもしれません。
「父さん、暗証番号は!?」と病室で叫ぶ悲劇を避けるために。まずは今度実家に帰った際、お茶を飲みながら「銀行の新しいサービスで、こんなのがあるらしいよ」と、世間話の延長で切り出してみてはいかがでしょうか。その小さな一言が、親の尊厳と、家族の平穏な生活を守る大きな一歩になるはずです。
市山 智
司法書士/行政書士/AFP(日本FP協会認定)
