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副業から「ひとり社長」に転じた筆者の実例
副業で高収入、法人設立を決意
“副業から始めて「ひとり社長」に転じた”モデルケースとして、筆者自身の体験談を紹介します。自慢話ではなく「失敗談」です。シニア世代からスタートしたわけではありませんが、みなさんの参考になればと思います。
筆者は、会社員時代から音楽制作の副業をしていました。1980年代後半のバブル期には、羽振りのよい企業がゴロゴロありました。自宅である程度、音楽制作ができる筆者のもとに、広告代理店や制作会社から「オリジナルの楽曲を制作してくれないか」という依頼が来るようになりました。
各社からけっこうな報酬をいただき、副業収入が、本業でもらう給与を超えるようになったのです。「これは会社にしたほうがいいだろう」と税理士の友人に相談し、34歳のとき、「有限会社」をつくり、正式に独立して自分の会社1本でやっていくことにしたのです。
小さなマンションの一室ですが、東京・新宿に事務所を構え、当初は「ひとり社長」でした。1年目の経営は好調に推移して、アシスタントも雇いました。ところが、バブルが終わり、一番大きな取引先が倒産。その知らせを受けて、取引先の事務所に走って行くと、入り口には「この会社は破産手続きに入りました。管財人 弁護士〇〇〇〇」と書かれた貼り紙がありました。
「終わった……。これからどうしよう」と、帰り道、まずは新宿の事務所を閉じることを決め、それからすべての固定費を削ろうと決意しました。アシスタントに「辞めてほしい」と告げたときには胸が張り裂けそうでした。
身の丈に合ったスタイルで徐々に復活
何十年も前の話ですが、いまだに、「どうして副業として続けていなかったのだろう」と思います。会社員のまま副業で続けていれば、本業の収入があったので最悪、生活だけは守られていたでしょう。
いい気になって独立した筆者には、10万円にも満たない月収しかなくなり、自宅の音楽制作機材を売ったりして糊口(ここう)をしのいでいました。「会社も休眠にしたら」というアドバイスも受けたのですが、自分の法人の命だけは守ると決意。それは意地でした。
何とかその数年後、古巣の会社にも助けてもらい、少しずつ復活を果たすことができました。今度は音楽制作ではなく、コンテンツ制作を手がけて、会社はふたたび軌道に乗ります。はじめは事務所なんて持たず、自宅ですべてをこなし、「ひとり社長」としてフル回転しました。そして2025年時点で、会社は35期を迎えました。
