入居からわずか3週間で「お願い、早く出たい」
「電話口の母の声が、今まで聞いたことのないトーンだったんです。震えていて、助けてって」
そう語るのは、東京都内で働く会社員・橋本理恵さん(仮名・54歳)。1ヵ月前、要支援2と診断された82歳の母・澄江さん(仮名)が、民間の介護付き有料老人ホームに入居したばかりのことでした。
「母はもともとひとり暮らしだったのですが、転倒が増えてきて。火の消し忘れもありましたし、心配で…それで家族で話し合って施設を探して、本人も納得して入居したんです」
ところが、入居からわずか3週間で、澄江さんは理恵さんに「お願い、早く出たい」と涙ながらに訴えてきました。
週末、理恵さんは急いで母のもとを訪れました。建物は新しく見え、パンフレット通りの清潔な外観。しかし、内部には想像と異なる空気が流れていたといいます。
「廊下はシーンとしていて、母の部屋も日当たりが悪く、カーテンも閉めっぱなしで…何より母の顔が、入居前よりずっと暗くて」
職員に話を聞いてみると、澄江さんは「他の入居者と会話が噛み合わない」「レクリエーションにも参加しない」として、個別対応に切り替えられていたそうです。
「認知症の方も多くて、母は“自分だけ取り残されている”ような気持ちになっていたんだと思います。言葉ではうまく言えなくても、“合わない”って、本人は敏感に感じていたんですよね」
高齢期における居住のあり方は、身体面だけでなく、精神的・社会的な満足度とも密接に関係しています。
理恵さんはその後、ケアマネジャーや地域包括支援センターに相談。1ヵ月のトライアル期間を経て、澄江さんを別の「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」に移ることを決断しました。
「今度のところは、介護度が低い人が多くて、談話スペースでの交流もある。母も『ここならやっていけそう』って」
一方で、理恵さんには後悔も残っています。
「見学や資料だけで“良い施設”かどうか判断してしまった。母が“どんな生活を送りたいか”に、もっと耳を傾けておくべきでした」
