「玄関の前で、足が止まりました」
「これ、本当にうちなのか?と……」
都内で働く会社員の大島健一さん(仮名・52歳)は、3ヵ月ぶりに父の家を訪ねた日をそう振り返ります。
ドアを開けた瞬間、むわっとした空気が鼻を突きました。玄関からすでに荷物が積み上がり、廊下には段ボールと新聞紙。靴を置くスペースすらありません。台所には洗っていない食器が重なり、テーブルの上にはコンビニ弁当の空容器が散乱していました。
「父は、もともと几帳面な人でした。家にホコリがあるだけで怒るくらいで……。だから、余計に信じられなくて」
父・正一さん(仮名・83歳)は一人暮らし。数年前まで「俺は大丈夫だ」「迷惑はかけない」が口癖でした。健一さんが心配しても、「来なくていい」と追い返されることが増えていたといいます。
健一さんは、せめて通路だけでも確保しようと、玄関近くのゴミ袋をまとめ始めました。すると、奥の部屋から父が出てきて、いきなり声を荒らげたのです。
「入ってくるんじゃない。勝手に触るな!」
「いや、危ないよ。転んだら――」
「俺の家だ。俺の生活に口を出すな!」
その日は引き下がるしかありませんでした。そして夜、健一さんのスマホに父から短いメッセージが届きます。
「もう来るな」「勝手に家に入るな」
「正直、ショックでした。心配して動いたのに、“侵入者”みたいに扱われて……」
高齢者の生活環境が崩れる背景には、体力低下だけでなく、意欲の低下や認知機能の変化、うつ状態、孤立など複数の要因が絡むことがあります。
地域包括支援センターに相談してわかったこと
健一さんは後日、市区町村の「地域包括支援センター」に電話しました。地域包括支援センターは、介護保険法に位置づけられた機関で、地域の高齢者が住み慣れた地域で暮らし続けられるよう、相談対応や必要な支援につなぐ役割を担います。
ただ、そこで言われたのは“現実的な限界”でした。
「ご家族からの相談は受けられます。でも、支援を進めるにはご本人の同意が必要になる場面も多いんです。まずは関係を切らないことが大事です」
健一さんは「それなら自分にできることは何か」を聞きました。返ってきた提案は、“片づける”ではなく“入口を作る”ことでした。
●いきなり掃除や処分を始めない(主導権を奪われた感覚を強める)
●「片づけ」より先に、困りごとを小さく聞く(ゴミ出し、買い物、電球交換など)
●訪問が難しければ、電話・手紙など接点を細く長く保つ
●体調や転倒が気になるなら、受診や介護認定の相談につなげる
「“やってあげる”より、“選ばせる”。そのほうが父のプライドを傷つけない、と」
