定年退職。妻へ感謝を伝えるため「明日ディナーに行こう」
「これで老後は安心だな」
会社員生活38年、都内の中堅メーカーを定年退職した中谷信一さん(仮名・65歳)は、退職金2,200万円を手にし、妻・恵子さん(63歳)に笑顔で伝えました。
「せっかくだから、感謝の気持ちを込めて明日ディナーに行こう」
そう言って差し出したのは、銀座の高級フレンチの予約表。ひとりあたり3万円を超えるコース料理に、恵子さんは一瞬まばたきを止めました。
「ありがとう。でも、その前に、これを見て」
そう言って恵子さんがテーブルに置いたのは、署名と捺印が済んだ離婚届でした。
「正直、ため息が出ました。まだ何も話し合ってないのに、いきなりディナー?って。これまでお金の使い方も老後の生活も、全然話し合えてこなかったんです」
恵子さんは、夫が在職中から“お金の話を避ける”ことに不満を募らせていました。住宅ローンは完済済みですが、老後の生活費や医療費、介護のこと、将来的な住み替え――何一つ具体的な計画は立てていなかったと言います。
「私は贅沢がしたいわけじゃない。必要な支出にきちんと備えたいだけなんです」
一方の信一さんは、「うるさいことを言わずに俺に任せておけ」と一蹴してきたといいます。
実際、老後の生活にはどれだけの費用がかかるのでしょうか。
総務省『家計調査年報(2024年)』によれば、65歳以上の夫婦のみの無職世帯において、1ヵ月あたりの実収入は約25.2万円、可処分所得は約22.2万円となっています。一方で、消費支出は約25.6万円にのぼり、毎月約3.4万円の赤字が発生しているという実態が示されています。年金などの定期収入だけでは生活費を賄いきれず、預貯金や退職金などの金融資産を取り崩して補填している世帯が多いのです。
さらに、介護が必要になれば費用は跳ね上がります。公益財団法人生命保険文化センター『令和6年度 生活保障に関する調査(2024年)』によれば、世帯主または配偶者が要介護状態となった場合、必要と考える初期費用の平均は209.4万円、月々の費用は15.7万円となっています。
