「老後資金は使わずにとっておくものだ」と信じて
「老後資金は減らしてはいけない。そう思い込んでいたんです」
そう語るのは、都内在住の佐々木久子さん(仮名・74歳)。夫の正志さん(仮名・76歳)と共に退職後の生活に入ったのは、もう10年近く前のことです。
夫婦は共に大手企業を勤め上げ、退職時の貯金はおよそ4,200万円。年金も合計で月25万円ほどあり、生活費に困るような状況ではありませんでした。
「でも、ずっと“老後は長い”と聞かされてきたので、出費は最低限に抑えようと思って…。外食は月1回、旅行も年に1回にして、洋服もほとんど買いませんでした」
当初は「質素でも2人でいられれば幸せ」と語っていた久子さん。しかし、数年経つと、状況が少しずつ変わっていきます。
「友人たちがクルーズ旅行に行ったり、孫の進学祝いで集まっていたりしても、『うちはいいや』と、どこか距離を置いていました。今思えば、それを“美徳”だと思い込んでいたんでしょうね」
夫婦間の会話も少なくなり、趣味も合わないまま別々の時間を過ごすことが増えていったといいます。
「気づいたら、夫はテレビばかり。私も図書館に行くくらいで、誰とも話さない日が増えました。コロナ禍で会えなくなった孫たちとも、疎遠になってしまって…」
一番の後悔は、「元気なうちに、もっと思い出を作ればよかった」ということ。
「結局、旅行もせず、孫とも会わず、何も使わずに10年が経ってしまった。今から使おうにも、体力も気力もついてこない。何のために老後資金を残してきたのか、わからなくなる瞬間があります」
