“世界一周のために”夫婦が歩んできた30年
「旅行パンフレットを貼ったスクラップブックを作って、ずっとその日を夢見ていました」
そう語るのは、東京都在住の主婦・佐藤智恵子さん(仮名・71歳)。夫の修一さん(仮名・72歳)とともに、30代の頃から“老後に世界一周旅行をする”という共通の夢を抱き、節約と貯蓄に力を注いできました。
子どもは1人。大学進学までに必要な教育費を優先しつつも、「老後資金は手をつけない」をモットーに、外食や車の買い替えなども極力控えてきたそうです。
「夫婦で何度も確認しました。“今は我慢。でも、その先には楽しい旅が待っている”って」
旅行積立や外貨預金も活用し、65歳時点での貯蓄額は約8,400万円。その後も慎ましく暮らし、現在は貯蓄9,000万円以上、年金月26万円という、いわゆる「老後の勝ち組」に近い生活水準を維持しています。
しかし昨年、念願だった世界一周の計画を本格的に立てようとしたとき、智恵子さんは思わぬ言葉を口にします。
「もう、いいかな……って、ふと思ったんです。なんだか疲れてしまって」
長年の節約生活は、精神的にも体力的にも大きな負担をかけていたようです。
「歯の治療も先延ばしにしていたし、最近は少しの移動でも腰が痛くなる。以前のような体力はもうありません」
さらに、飛行機・クルーズ・ホテルの移動スケジュールや海外での感染症リスクなどを調べていくうちに、「楽しさ」よりも「不安」が勝ってしまったといいます。
「楽しむ準備をしていたはずなのに、気づけば“備えること”ばかり考えていたんですね」
平均貯蓄額を大きく上回る資産があっても、「使えない」「減らしたくない」「病気が心配」といった心理的ハードルが、消費行動を制限してしまうことは珍しくありません。
また、70代前後は、配偶者や自身の健康問題・介護といった様々な懸念が増える時期でもあります。“お金はあっても自由に動ける期間は限られている”という現実を、多くのシニアが肌で感じ始めるのです。
