「お願い、来て」深夜1時に鳴った着信
「母から電話が来るなんて珍しいんです。ましてや深夜1時なんて、何かあったとしか思えませんでした」
そう語るのは、都内で暮らす会社員の岡村貴志さん(仮名・53歳)。その夜、鳴り続けるスマートフォンの画面に表示されたのは、神奈川県内でひとり暮らしをしている81歳の母からの着信でした。
出ると、母の声は震えていました。
「お願い…ちょっと来てくれない?」
具体的な理由は言わず、ただ「怖い」「寒い」「早く来て」と繰り返す母。これは普通ではないと感じた貴志さんは、タクシーに飛び乗って実家へ向かいました。
玄関の鍵は開いていました。インターホンを押しても返事はなく、静まり返った室内に一歩足を踏み入れた瞬間、鼻をつく異臭が貴志さんを襲いました。
「なんとも言えない臭いでした。湿った古紙とカビと、生活臭が混ざったような…」
電気がついていない廊下には、ゴミ袋がいくつも積み重なり、足の踏み場もない状態。リビングの隅には、毛布をかぶって座り込んでいる母の姿がありました。
「暖房が壊れたのかと聞いたら、“どこを押したらいいかわからなくなって…”と。スマホは電池が切れていて、コンセントの差し方も間違っていました」
片づけも買い物もできておらず、冷蔵庫は空。水道は出るが、ガスが止まっていたことも発覚しました。
実家に着いてすぐ、母は「こんな情けないところ…」と小さくつぶやいたそうです。
「たぶん母なりに、“息子に迷惑をかけたくない”と思いながら、必死に自立を保っていたんだと思います。でも実際は、もう限界だった」
これまでの電話では、「元気よ」「なんとかやってる」と答えていた母。貴志さんもそれを信じて、頻繁には実家に顔を出していませんでした。
「誰かと会っている様子もなく、郵便物も山積み。本当に、誰にも頼らず一人で頑張っていたんだと思います」
