「今日から自由だな!」…浮かれていたのは夫だけだった
「お疲れさま。じゃあ、これからどうするの?」
それは、定年退職日の翌朝、朝食の食卓で妻に言われた一言でした。
長年、建設系の中堅企業で働き、営業部長まで勤め上げた井上誠さん(仮名・62歳)は、前日の送別会で同僚たちから花束と拍手で送り出されました。社内では人望も厚く、「誠さんがいなくなると寂しくなるな」と惜しむ声も多く、本人もどこか達成感と高揚感に包まれていました。
自宅に帰ってからも、ふとした瞬間に「これからは自由に旅行も行けるし、家庭菜園でも始めようかな」と思い描き、久しぶりに妻と過ごす時間を楽しみにしていたといいます。
しかし翌朝、朝食を食べながら妻が発したその一言は、誠さんの気持ちを急速に冷やしました。
誠さんの妻・智子さん(仮名・60歳)は専業主婦。子育ても終わり、今は地域のボランティアや趣味のサークル活動に打ち込んでいます。夫の定年についても「これから夫婦で第二の人生を…」と表面的には語っていたものの、本音では「自分のペースを乱されたくない」という思いもあったようです。
「正直、朝から晩まで夫が家にいると気を使いますし、私の予定も立てづらいんです。掃除しようと思ったらリビングでテレビを見ていたり、お昼を作れと言われたり…。なんで“こっちの生活”に夫が突然入ってくるの?って思ってしまって」
智子さんのその思いは決して特殊なものではなく、近年では「定年後クライシス」と呼ばれる家庭内の摩擦が話題になるほど。長年「外で働く夫」と「家を守る妻」という役割で成立していた関係が、定年を機に崩れはじめるのです。
