「私たちが払えるわけないでしょ」
東京都内の下町にある築40年のアパート。家主の大西さん(仮名・60代)が、80代の姉妹・松井京子さん(仮名)と咲子さん(仮名)に初めて異変を感じたのは、家賃の滞納通知が3ヵ月分を超えた頃のことでした。
「最初は“振込忘れたのかしら”くらいに思っていました。でも、何度連絡しても返事がなくて。訪ねてもインターホン越しに『今ちょっと無理』って言われるだけで……」
6ヵ月、1年と家賃の滞納は続き、最終的には約2年分、総額約180万円に達しました。分割での返済も拒否され、家主はついに退去を求める訴訟に踏み切ることになります。
「裁判所からの書類が届いた日、ようやく姉妹から電話があったんです。『そんなの払えるわけないでしょ』って。泣きながらそう言われました」
松井姉妹は、ともに生涯独身で、長年派遣やパートとして働いていました。現在受給しているのは2人合わせて月約9万円の国民年金のみ。年齢は当時、京子さんが86歳、咲子さんが82歳でした。
「生活保護を申請したら?」という周囲からの助言にも、京子さんはこう返したといいます。
「生活保護なんて、役所の人が出入りするんでしょ? 恥ずかしいし、あの歳になって新しい手続きなんて無理よ」
自治体によっては、家賃相当額を支給する「住宅扶助」や、医療費全額支給の仕組みもありますが、申請のハードルや“恥”の感情が先立ち、申請しない高齢者は少なくありません。
訴訟の末、明け渡しが命じられ、最終的に行政の支援を受けたうえで姉妹は施設へと移りました。しかし、空き部屋になった室内を確認した家主は、言葉を失ったといいます。
「壁一面にガムテープが貼られていたんです。剥がしてみたら、壁に大きな穴が……。おそらく、地震かなにかのときに棚が倒れてそのままだったのかと思います。修繕費が数十万円単位でかかりました」
水回りも荒れており、冷蔵庫の中身は腐敗、ガスコンロは油汚れで真っ黒。2人がほとんど外出していなかったこともあり、日常的な買い物や清掃が十分に行えなかったとみられます。
「高齢になると、生活の維持そのものが困難になる。家賃だけじゃなく、住まいを維持する力も失われていくんだと、目の当たりにしました」
