「資産もあるし、もう働かなくていいと思った」
「もう通勤電車に乗らなくて済むだけで、幸せだと思ったんです」
そう語るのは、都内のIT関連企業を54歳で退職した小野正樹さん(仮名)です。妻と2人暮らしで、子どもはすでに独立。退職時の預貯金や投資資産は合わせて約7,000万円。自宅は持ち家で住宅ローンも完済しており、「老後資金も十分だろう」と判断して退職を決意しました。
退職後は、週に数回ジムに通い、平日の昼間にカフェで読書。早朝の満員電車から解放され、当初は「まさに理想の生活」だったといいます。
ところが3ヵ月が過ぎた頃から、ある違和感が芽生え始めました。
「毎日が“自由”なのに、なぜか心が落ち着かない。時間はあるのに、何をしていいか分からなくなるんです」
友人はまだ働いており、平日に遊びに誘える相手も少ない。趣味にも飽き、何より「社会との接点がない」ことに孤独感を覚えたといいます。
「朝、カレンダーを見ても予定が何もない日が続くと、だんだん“自分は必要とされていない”気がしてきて…」
妻からも「最近、元気がないね」と声をかけられるようになり、小野さんは「このままでいいのか」と真剣に考えるようになりました。
もう一つ、小野さんを悩ませたのは“思ったより減るスピードが早い”貯金残高でした。
「1か月に使っている金額は20万円前後。大した贅沢はしていないのに、半年で100万円以上が消えている現実に焦りました」
退職後は健康保険の任意継続制度を利用していましたが、保険料は毎月3万円近く。年金受給までは数年あり、さらにインフレの影響もあり物価がじわじわと上昇。想定していた「老後資金の目安」が通用しない感覚を覚えたといいます。
