「年金が増えるならそのほうが得」だったはずが…
「今となっては、さっさと65歳でもらっておけばよかったと思いますよ」
そう語るのは、東京都内で暮らす76歳の高木義雄さん(仮名)です。現在の年金受給額は、厚生年金を含めて月額およそ24万円。いわゆる“繰下げ受給”を選び、70歳から年金をもらい始めたといいます。
「職場の先輩に“繰下げれば年金が増えるぞ”と教えてもらって、ずっとそれが正解だと思っていました。65歳時点で体も元気だったし、預貯金もあったので、『あと5年我慢して、少しでも多くもらおう』と考えたんです」
繰下げ受給とは、65歳から受け取る年金を、66歳から70歳までの間で遅らせることで、受給額が増える制度です。1ヵ月遅らせるごとに0.7%、最大で42%増額される仕組みで、高木さんの場合も70歳まで遅らせたことで、本来月17万円台だった年金が24万円近くにまで増額されたといいます。
しかし、受給額が増えたからといって「安心老後」が実現したわけではなかったと、高木さんは振り返ります。
「確かに、毎月入ってくる金額は大きくなりました。でも、繰下げた5年間のあいだは預貯金を取り崩して生活していたし、家電が壊れたり、歯の治療費がかさんだりと、想定外の出費が続いて……。貯金はあっという間に目減りしていきました」
さらに、71歳のときに妻が軽い脳梗塞で倒れ、要介護状態に。介護保険のサービスを利用しながら在宅介護をしてきたものの、通院の送迎や食事作りに追われる日々が続き、体力的にも精神的にも疲弊しているといいます。
「そのうえ最近、自分も高血圧と診断されてね。健康に自信があったはずなのに、いろいろとガタがきています」
高木さんが繰下げを後悔している一番の理由は、「人生の元気な5年間を、年金のために我慢してしまった」ことだと語ります。
「65歳のとき、まだ夫婦そろって元気だったんです。本当は旅行もしたかったし、趣味の写真にもお金をかけたかった。でも、“年金を繰下げたんだから倹約しなきゃ”という気持ちがどこかにあって、楽しみを先延ばしにしてしまった」
「今はもう、体力的にも気力的にも遠出は難しいし、妻の介護もある。あの5年が“もったいなかった”って、どうしても思ってしまうんです」
