相手方が「別会社」を通じて契約してきた場合は要注意
前回の続きです。X社の事例でもまさにそうですが、香港など海外でよくあるペーパーカンパニーというのは、次のようなものです。
ペーパーカンパニーは、きちんと政府に営業登録をして、会社登記簿上は住所があり、実在の人物が取締役として任命されています。さらに実際に銀行口座も持っています。したがって紙の上では完全に「合法的に」存在しています。
しかし、会社の住所は、実際にオフィスがあるのではなく、外部の会社運営エージェントや会計事務所が持っている住所を借りているだけです。したがって、エージェントや会計事務所の住所には、数百社という同種の会社(ペーパーカンパニー)が登記上の住所を登録しているのです。
しかしながら、その会社の登録住所に連絡してもそのエージェントや会計事務所の事務員に通じるだけなのです。ペーパーカンパニー自体には、登記上の住所や役員がいるだけで、物理的なオフィスやスタッフが存在しません。
もっと周到なペーパーカンパニーだと、取締役や株主の名前までも他人のものを借りている(※1)ので、真実の経営者や出資者と違う人が登記されていて、真実の会社の所有者や経営者がわかりません。
(※1)「ノミニー(nominee)」といったり、「名義貸し」、といったりします。理由はさまざまですが、登記を通じて対外的に実際の株主や取締役の名前が公開されることを嫌って、他人の名前を借りて登記しているもので、香港など一部地域では違法ではありません。通常、登記とは別に背後で契約関係があり、その契約で名義を貸している人と借りている人の間では、名義を借りている人が実質的な株主(取締役)であることを合意しておき、名義を貸している人は、実質的な株主(取締役)の指示に従ってのみ行動することになっています。
このこと自体は違法ではないので、ペーパーカンパニーは合法的に契約を締結したり口座を持ったりすることができるのです。
もちろん日本でもこのように登記上の記録だけで実態が存在しない会社はありますが、登記をとったり実際に訪問したり、リサーチ会社を使うことで比較的容易に実態をつかむことができます。しかし外国の会社ではそのような実態調査が難しくなります。
したがって、もしも取引の相手方が、別会社を通じて契約したりお金を払わせようとしたりする場合、警戒の目を持ってその会社の背後関係を調べておくほうがいいでしょう。
契約時に相手の担当者から「決済のときに便利だから、便宜的に契約は別会社の香港法人(あるいはオフショア法人<※2>)の名前を使わせてくれ」「便宜上の問題だから特にやましい目的があるわけではない」などという理由で、実態のある会社以外を契約相手とすることを求めてくることがあります。
(※2)英領バージン諸島(BVI)、ケイマン諸島など、英連邦に属する比較的小さな国の法人は、会社の設立や維持が非常に簡便で安価なため、香港での取引において、契約当事者として利用されることがあります。オンショア(取引場所の域内)の法人である香港法人に対して、オフショア(取引場所の域外)にある法人であるこれらの国の法人を総称して「オフショア法人」という言葉が使われます。
確かに半分くらいは本当の理由で、特に騙そうと思っているのではないかもしれません。しかし、結果として後に紛争となったときに、こちら側としてはそのペーパーカンパニーを相手方として訴訟を起こさなければならなくなります。
相手がトカゲの尻尾切りをしてしまうと、こちらの損害を回収する相手がなくなる、というリスクがあることは十分に承知しておいてください。
最初は小さい金額で「試し取引」をしてみるのも手
相手方の背後関係の把握方法ですが、理想論としては、取引に先立って相手の企業の財務状況等を信用調査できればいいでしょう。しかし、概して外国企業について信用調査を行うことはとても難しいのです。
帝国データバンクや東京商工リサーチなどの専門の調査会社や、外資系の保険会社で、海外企業の信用情報を有償で提供しているものもあります。
しかしそれらを使っても、外国会社について取得できるのは登記情報や訴訟情報など公開情報に限られます。運が良ければ、中国などでは「特別なルートを通じて」財務諸表などの非公開情報を入手できる程度です。
ところが、訴訟や仲裁を起こそうというときは、財務情報よりもその会社の名義となっている個別の不動産や銀行口座情報を把握しなければなりません。
なぜなら、会社が名義人になっている銀行口座や不動産などの財産が把握できないと、裁判に勝っても差し押さえるものが何もない状態になるからです。いわゆる、「判決書が絵に描いた餅にすぎない」という状況です。
争いが起こった後に相手の所有する財産や取引銀行の口座などを調べようと思っても、ほとんどが「時すでに遅し」で、見つけることがほぼ不可能です。
したがって、日系企業側が取りうる対抗手段としては、非常に原始的なことを地道に重ねるしかありません。たとえば取引開始するに当たって、まずは自ら相手の会社を訪ねて登記上の住所と実際のオフィスが一致しているか確認し、可能であればオフィスの賃貸・所有状況を相手方の担当者に尋ねたり、社長と会って相手方会社が持っている取引先の数などについて端的に質問したりしてみることは意外に大事です。
また、初めての取引先といきなり大きな金額の取引をするのではなく、最初は小さい金額で試しに取引していくことも信用調査の助けになります。
最初の取引で、場合によっては相手の送金先口座番号情報なども知ることができますし、相手方から納品された商品の欠陥品の少なさなどの技術力や担当者の英語コミュニケーション力なども試すことができます。このように取引を通じてさまざまな角度から調査をするのです。
もっともこれだけ慎重になったところで、相手が確信犯的に約束違反を起こしているような悪人であると、開き直られてしまうこともあります。その場合、結局は裁判をする以外どうしようもなくなります。
したがって信用を置くことができない相手との取引に対しては、事例その1のYM社の事例についても述べたとおり、やはりなるべく早めにもらうべきお金をもらっておく、ということが一番大事であることはよく分かっていただけると思います。
その上で、相手に言い逃れを許さないためにしっかりした契約書を作っておく、ということが大事になるのです。この、「お金を受け取ること→契約書」という考え方の順序をしっかり覚えておいてください。