優良な富裕層顧客の囲い込みに成功。きらびやかなロビー、欧風フルコース、格式高いマナー…高級ホテルの常識をすべて破壊した「アジアの怪物リゾート」

優良な富裕層顧客の囲い込みに成功。きらびやかなロビー、欧風フルコース、格式高いマナー…高級ホテルの常識をすべて破壊した「アジアの怪物リゾート」
(※写真はイメージです/PIXTA)

「ラグジュアリーホテル」の歴史は、ヨーロッパの壮大な宮殿に始まり、格式と権威がその価値を支えてきた。しかし、その常識を覆したのはタイの片田舎に誕生した“たった40室”のリゾートだった――。ロビーもなければ、大々的な広告もない。ディナーには現地のタイ料理が並び、堅苦しいドレスコードも存在しない。なぜこの「ない」尽くしのホテルが、世界の富裕層を熱狂させ、現代のラグジュアリーを創造したのか。山口由美氏による著書『世界の富裕層は旅に何を求めているか 「体験」が拓くラグジュアリー観光』(光文社)より、ラグジュアリーホテルの静かなる革命の核心に迫ります。

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ラグジュアリーホテルに新しい風を吹き込んだ「アマンプリ」

1988年、長らくそうした価値観が支配的だったラグジュアリーホテルの世界に新風を吹き込むリゾートがアジアに誕生した。タイのビーチリゾート、プーケットのパンシービーチという閑静な海岸沿いに開業したアマンプリである。1990年代以降、アジアンリゾートブームを牽引することになるアマンリゾーツの最初のホテルだった。

 

「アマンプリ」とは、サンスクリット語で「平和の場所」を意味する。東洋的なエキゾティシズムを漂わせた、謎めいた響き。その名前が象徴するように、全てが従来のホテルの常識を覆したものだった。

 

出典:『世界の富裕層は旅に何を求めているか 「体験」が拓くラグジュアリー観光』(光文社)より抜粋
[画像]アマンプリ(『アマン伝説』) 出典:『世界の富裕層は旅に何を求めているか 「体験」が拓くラグジュアリー観光』(光文社)より抜粋

 

客室は全40室で、パヴィリオンと呼ぶヴィラスタイル。レセプションもロビーもなく、タイ伝統の建築様式を取り入れたメインパヴィリオンがあるだけ。

 

通称「ブラックプール」と呼ばれた、黒いタイルを敷き詰めたスイミングプールは妖艶な美しさをたたえ、その横に設けられたレストランではイタリア料理とタイ料理を提供した。

 

個人別荘を開放するかたちで始まったホテルは、一般的な広告宣伝を一切しなかった。限られた層の間での口コミによってだけ、その存在が謎めいて伝えられた。

 

アマンリゾーツ創業の背景から掘り起こし、アジアンリゾートブームを解き明かしたのが、拙著『アマン伝説 アジアンリゾート誕生秘話』だが、今あらためて振り返ると、アマンリゾーツの斬新さは「小規模」「ローカリズム」「リラックスした自由なライフスタイル」という3つの要素に集約されると思う。いずれも、それまでのラグジュアリーホテルの常識にはなかったことだ。

 

もともと壮大な城や宮殿の代替であったラグジュアリーホテルには、一定以上の規模とスケール感が必要条件とされてきた。そのため、全40室というこぢんまりとした規模は驚きをもって迎えられた。

 

しかし、小規模だからこそ実現するこまやかなホスピタリティや限られた客層へのマーケティングは、やがてラグジュアリーホテルは小規模であるべきというセオリーにつながり、都市ホテルにも波及していくことになる。

 

ホテル名から建築様式、食事に至るまで、アジアのローカリズムを取り入れたことも、従来のホテルの伝統からすれば革新だった。日常的に現地のローカルフードを提供することは、それまでのラグジュアリーホテルにはないことだった。ヨーロッパ式の堅苦しいダイニングやマナーを排したことは結果として、自由でリラックスしたライフスタイルにつながった。

 

さらにクローズドな口コミによる情報拡散は、かつての階級社会の崩壊とホテルの大型化があいまって、マスマーケットに開放されたラグジュアリー市場から、再び優良な富裕層の顧客を囲い込む手法となった。

 

 

山口 由美
作家

 

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※本連載は、山口由美氏による著書『世界の富裕層は旅に何を求めているか 「体験」が拓くラグジュアリー観光』(光文社)より一部を抜粋・再編集したものです。

世界の富裕層は旅に何を求めているか 「体験」が拓くラグジュアリー観光

世界の富裕層は旅に何を求めているか 「体験」が拓くラグジュアリー観光

山口 由美

光文社

オーバーツーリズムの観点や、地域への還元、環境への配慮などの面からも注目を集めつつある「ラグジュアリートラベル」。 日本政府観光局の調査によると、旅行者数は全体の1%程度にも関わらず、消費額では全体の13%以上…

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