なぜ「特例措置」が生まれたのか
2009年に創設された事業承継税制は、当初は非上場企業の株式を後継者が贈与または相続によって引き継ぐ際に発生する高額な贈与税・相続税を、一定の条件のもとで猶予するという仕組みだった。
しかしその適用条件は厳しく、株式の3分の2までしか対象にならず、納税猶予も80%止まりだった。加えて、後継者が会社を経営し続けなければ猶予が取り消されるなど、リスクも大きく、制度活用は思うように進まなかった。
そこで2018年度税制改正により打ち出されたのが「特例措置」だ。この改正は中小企業庁の強い要望と、地方経済を支える中小企業の存続危機への対応として実施された。
特例措置では、株式の全てが対象となり、納税猶予は100%、雇用維持要件も緩和された。これにより、制度の使い勝手が大幅に改善され、事業承継を具体的に考える経営者が一気に増加した。
「2027年の崖」は何を意味するのか
2027年12月31日をもって、特例措置は終了する。政府はこれを"時限的な政策"と位置づけており、現時点では延長や恒久化の動きは確認されていない。
このため、経営者たちは「計画提出」と「贈与・相続の実行」という2つの期限を意識せざるを得ない。2026年3月31日までに「特例承継計画」を都道府県に提出していなければ、特例措置の対象外となる。加えて、実際の承継(贈与や相続)を2027年末までに完了しなければ、特例は適用されない。
これに間に合わなければ、制度は一般措置に戻る。具体的には、株式の3分の2までが対象、猶予割合は80%、雇用維持要件も厳格となる。さらに、猶予された税は後継者の退任や株式売却などによって即時納税となる。
恩恵か、格差の助長か
制度によって多くの企業が救われ、事業の円滑な承継が実現したケースは多い。しかしその一方で、「制度の乱用」や「資産移転に使われている」との批判も聞かれる。
とくに資産価値の高い企業において、数億円〜数十億円の株式評価額に対して贈与税・相続税が一切発生しないケースがある。このような状況は、制度の趣旨を超えた税制優遇だとして問題視されている。
また、計画立案が可能な企業に偏っているとの指摘もある。つまり、制度が「使える企業」と「使えない企業」の二極化を生んでいる現実も無視できない。
終了後の影響──何がどう変わるのか?
特例措置の終了により、企業に求められる準備は一層シビアになる。
まず、納税負担の現実化である。100%猶予が認められていた税負担が、再び現実のものとしてのしかかることになる。
加えて、制度の適用を受けるための手続きも複雑化する。申告、報告、株式の管理、雇用要件の維持。これらが従来よりも厳格に求められ、違反すれば猶予が取り消されるリスクもある。
こうした背景のなか、M&Aによる事業承継、従業員承継、地域金融機関との連携による外部支援の活用といった選択肢の多様化が求められている。事業を続ける意志と能力を持った「第三者」へのバトンタッチをどう制度的に支援していくかも、大きな政策課題となる。
事業承継、M&A問題に詳しい岸田康雄税理士は「事業承継税制の特例措置は、日本の中小企業にとって“救済策”であると同時に、“覚悟を促す制度”でした。特例により自社株の相続税・贈与税が100%猶予されるというのは、経営者にとって大きなインセンティブでしたが、その裏には『計画的な承継』と『責任ある事業継続』という前提がありました」と語る。
一方で、資産移転の手段として制度を利用するような一部の事例や、制度を使える企業と使えない企業の“格差”を助長した面があったのも事実だ。
「今後は、特例の恩恵を受けた企業の“事後チェック”や、制度の適正な運用に関する議論も重要になるでしょう」(岸田税理士)。
中小企業が取るべき行動とは
2028年以降、事業承継税制は従来の「一般措置」に戻る。一般措置では、納税猶予の対象となる株式は発行済議決権付株式総数の3分の2が上限となり、納税猶予割合も相続税は80%、贈与税は一時的に100%猶予されるものの、後に相続が発生した際には80%に再計算される仕組みだ。特例措置に比べて、後継者の負担は格段に重くなる。
この「制度の崖」を前に、経営者たちはどのような対応を迫られているのだろうか。
「2027年の特例措置終了を目前に控え、経営者は税の問題を事業の問題として捉える視点が不可欠です。税金を減らすための制度ではなく、『企業を次の世代へどうつなぐか』という経営判断の一環として、承継の準備を始めるべきです。特例措置を使うか否かにかかわらず、後継者の選定、株式の整理、会社のガバナンス設計、雇用の維持体制など、やるべきことは多岐にわたります。また、親族内承継が難しい場合には、M&Aや従業員承継など、第三者へのバトンタッチも現実的な選択肢として検討されるべきです」(岸田税理士)
できる限り早い段階で専門家や金融機関と連携し、将来を見据えた承継戦略を構築しておくことが、企業存続の鍵を握るといえそうだ。
支援は終わるのか、姿を変えるのか
政府は今後、「事業承継支援税制の再構築」を検討している。親族内承継だけでなく、親族外承継やM&Aにも対応する柔軟な制度設計が議論されている。
地域金融機関と連携した事業承継支援ファンドの創設や、信託制度を用いた株式承継の新スキームなど、新たな政策が模索されている。また、廃業による雇用喪失や技術流出を防ぐため、地域ごとの承継支援プラットフォームの構築も検討課題となっている。
事業承継税制の特例措置は、中小企業にとって貴重な支援策であった。しかし、それが永続するものではない以上、制度に頼らず、各企業が自らの承継戦略を描き実行に移すことが求められる。
経営者は、次世代への責任とともに、いま行動する覚悟を持たなければならない。制度の終了は終わりではなく、真の事業承継へのスタートラインである。
THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班
