株式評価額が低いうちに後継者へ引き継ぐことが可能
前回の続きです。
<解決スキーム>
信託の仕組みを使って、株式を経営権(議決権)と財産権(受益権)に分け、財産権のみを後継者に譲り渡すことで、経営権は田中さんが持ったまま実質的に株式(財産権)を後継者に引き継ぐことができます。これにより、経営権(議決権)は、田中さんが担ったまま、今のうちから事業承継を進めることができます。
株式(財産権)を信託した場合、そこから利益を受ける権利(配当等)は、受益者が持ちます。そして、その信託した株式をどう運用するかは、特に定めを置かない限り、株式を信託された受託者が持つことになります。
この仕組みを活かして、株式のうち、配当を受ける権利や残余財産を受取る権利を受益者が、議決権を受託者が持つことができるのです。このように、自身が受託者(委託者=受託者)になる信託を自己信託と呼びます。
【図表 信託で、経営(議決権)は手放さずに息子に株を引き渡そう】
具体的には、会社の株式を信託します。委託者(管理を依頼する人)は、株式を所有している田中さんですが、田中さんが受託者(預かって管理する人)にもなることで、会社を経営する議決権は田中さんが持っておくことができます。つまり、田中さんが自分自身に、会社の株式を預けたことになります。田中さんが、株式を預かっているので田中さんが会社を経営し、議決権を持つことになるのです。
この状態で、財産権(この場合、配当や残余財産を受取る権利)を、田中さんから毎年少しずつ、または株式評価額の小さいうちに、また相続時精算課税制度も活用して、後継者である長男に贈与していきます。そうすることで、会社の経営は田中さんが握ったまま、実質的には株式を後継者に移すことができるのです。
このようにして、会社の株式評価額が小さいうちから後継者に後を継がせることができ、経営はこれまで通り田中さんが行いながら、贈与税を節減し、事業承継を進めることができるのです。
また、一般社団法人や信託会社、顧問税理士など、田中さん以外を受託者とする場合にも、田中さんに受託者に対する指図権(議決権などの行使を指図する権利)を与えておくことで、同じように田中さんが会社の経営を担うことができます。なお、会社の株主名簿には、株主として受託者である田中さんの名義で登録されます。
受託者が亡くなった後の信託を考えておくことも必要
<税金の取扱い>
受益者(この場合、配当や残余財産を受取る権利)を田中さんから後継者に譲っていくことについて、税法上は、株式を譲ったのと同様に取り扱われます。したがって、後継者に譲り渡した受益権について、その時点で株式の評価額(相続税評価額)をもとに算出した金額で贈与されたものとして計算します。
年110万円までの贈与について、贈与税は課税されませんが、それを超える部分の金額については、累積税率で課税されます。また、相続時精算課税制度を活用すると累計して2,500万円までは課税されませんが、非課税枠を超えた場合には、超えた部分に対して一律に20%の贈与税が課税されます。
田中さんの場合の贈与では、株式を贈与した場合と違い、会社を経営する権利(議決権)が後継者に渡っていませんが、税金の計算上は、株式そのものを譲ったものとして計算することになります。
<注意すべきこと>
田中さんが亡くなった場合、受託者が不在になります。その場合の新しい受託者を指定しておくか、それとも信託を終了させるか等について考えておく必要があります。
<事例の解説>
株式を信託財産として、委託者(田中さん)、受託者(田中さん)、受益者(後継者…長男)とする信託契約(自己信託)を締結します。(対策前)
利益対策を行って、利益が下がった時点で、後継者に株式を贈与します。相続時精算課税制度を活用した場合、贈与税が4,100万円生じることになります。株式の贈与に際しては、信託を設定することにより、引き続き田中さん(受託者)が議決権を保有することが可能となります。
<贈与税:相続時精算課税制度の特徴>
●適用対象者
贈与者…60歳以上の親(その年の1月1日の年齢)
受贈者…20歳以上の推定相続人である子と孫( 〃 )
●特別控除(この範囲内では贈与時点での課税はなし)
2,500万円
贈与税の計算
贈与財産の価額の合計額から、2,500万円を控除した後の金額に一律20%の税率を乗じて算出します。
●相続税の計算
制度適用後の贈与財産については、相続により取得したものとみなされ、相続税の課税価格の計算上、贈与時の評価額で相続税の課税価格に算入。
一度選択すると取り止めできない。(暦年課税に戻れない)贈与時に納めた20%の贈与税は相続税から控除します。
株価が低い時に相続時精算課税により贈与することによって、今後の株価の評価の上昇に左右されなくなります。