がんの父に家族みんなで嘘を重ねた後悔…本人も家族も納得できる最期を
親との話し合いが大切だと考えるようになったのは、私自身も話し合いも心の準備もないままに父をがんで亡くしているからです。
30年以上前、がんは本人に告知しないことが当たり前で、進行がんを患っていた父には、本当のことを話せる雰囲気ではなく、私たち家族は真実を隠して、嘘を積み重ねていくだけでした。その間にも父のがんは進行し、病院での生活を余儀なくされました。そして最終的に病院で最期を迎えることになりました。
当時の状況ではやむを得なかったとはいえ、がんの告知を避けた結果、私は大切なことを伝える機会を失いました。そして、父が自分の余命を認識し、最期の時を大切に過ごす機会を奪ってしまったことを、今でも深く後悔しています。
私はこの経験を通じて、真実を伝えたうえでしっかりと患者と向き合っていくことを仕事に対するモットーとするようになりました。患者と話すときには「自分の父親だったらどう伝えるか」を考え、深刻な症状を家族に伝える際は「もし自分が父親(母親)だったらこうしてほしいと思う」として、患者と家族の双方に自分の最期について考える機会や話し合う機会を持ってもらえるように働きかけることを心掛けています。
また数年前、私も父親と同じくがんを患い、自らの最期について考えざるを得ない時期が訪れました。しかし、幸運にも早期発見が叶い、治療の効果で回復することができました。私はその経験も活かしながら、無理のない範囲でかかりつけの患者を中心に診察を行っています。
1996年に大阪の閑静な住宅街でクリニックを開業して以来、私は地域医療に尽力してきましたが、最近では、地域住民の高齢化が進んでいると感じています。長年診てきた患者も年齢を重ねるなか、訪問診療や自宅での看取りに対応することが増えてきました。
そのため、長年付き合いのあるかかりつけ患者が在宅医療を希望した際には、できる限り最期まで寄り添うことを心掛けた診療体制をとっています。開業当初からの理念として、「かかりつけの患者は、可能な限り最期まで診させていただく」との思いで、症状だけでなく患者の心や生活背景、家族関係なども含めて、総合的な治療やケアを行う全人的医療を目指してきました。
開業当初は、今のようなケアマネジャー(介護支援専門員)という存在もなく、地域医療の現場として手探りの状態のなかで医療連携の重要性を感じました。そこで「一般社団法人 三つ葉の会」という会を自ら立ち上げ活動しています。医師をはじめ、訪問看護師、理学療法士、薬剤師、ケアマネジャー、介護福祉士など幅広い分野の人たちと連携して、地域一体となって高齢者を支える仕組みづくりをしています。
こういった地域連携の啓蒙活動の一方で、診察の際などに高齢の親を持つ子ども世代から、介護や終末期の看取りに関する不安の声をよく聞きます。そのたびに、介護保険制度をはじめとする公的なサービスなどについて話をするのですが、彼らの反応を見る限りでは、まだまだ市民に周知されていないのだと思い知らされます。
親を自宅で介護することもできるのに、サポートを受けるための機関や施設、手続きなどの知識不足からすぐに病院や施設などに入れてしまうケースがあります。逆に、親自身は自宅で最期を迎えたいと思いながらも、子どもに負担をかけたくなくて言い出せないケースもあり、子どもと親の双方に対して介護を取り巻く状況や利用できるサービスに関する正しい知識を知ってもらうことが急務だと感じています。
嶋田 一郎
嶋田クリニック 院長
総合内科専門医
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