遺言書を書いても「争続」は起こる!?
前回の続きです。
≪トラブルを避けるためのワクチン接種≫
相続が始まると相続人が少しでも多くの遺産を得ようとして争いがちで、このような相続の争いは「遺産争続」とか「遺産争族」と呼ばれます。
このような遺産争続を避けるためきちんと遺言書を書くのが良いのですが、遺言書を書いていたとしても、兄弟姉妹以外の相続人には遺留分の権利が認められていて、遺留分を侵害された相続人が遺言書に納得がいかないとして遺留分減殺請求をしてくることも予想されます。
そのため、遺言書を書く者が相続をめぐる争いが生じないようにと考えるなら、できる限り相続人の遺留分に配慮して書くことが望まれますが、遺言者には「遺言自由の原則」が認められていて、書く内容は遺言者が自由に決定できるので、自分の継がせたい者に自由に財産を継がせることができるのです。
そこで遺言者が自分亡き後の相続争いを避けるため、生前に相続人となる者を集めて自分が書く遺言書に従うよう求め、相続が開始されたら一部の者に相続を放棄するように言い渡し、その内容の念書に署名押印を求めたりすることもあるようです。
「遺留分の事前放棄」は家庭裁判所の許可が必要
しかし、相続放棄(※)は相続が開始する以前になすことは認められていないことから遺言者の生前に相続放棄を約束していても相続が開始された途端に意を翻すこともよくあり、その効果は期待できません。ただ、遺留分の放棄は家庭裁判所の許可があれば相続開始前になすことができます(民法1043条)。
実は、Aさんが弁護士に相談に行った際、弁護士は遺留分の説明に加え、長男Bら遺留分権者である相続人に家庭裁判所の許可を得て遺留分の事前放棄をさせたらどうかと勧めたいきさつがあったのです。
ところがAさんは、B、C、Dら他の子どもらもAさんの計画に異論がない様子だったのでそこまでしなくても大丈夫と考えたようでした。
やはりAさんとすれば、長女E以外の子らもEが単独相続することを予め承知しているということなら、その時点できちんと家庭裁判所に遺留分の事前放棄の許可の審判の申立てをさせておくべきだったと思います。それをして遺留分の事前放棄の許可がなされると、Aさんが亡くなった後に長男Bや三男Dも前言を撤回するようなこともできず、裁判になるようなトラブルの芽を摘むことができたはずです。
※相続放棄ってなんですか?
相続人は、亡くなった被相続人の積極財産を相続するだけでなく、消極財産(負の財産)である借金などの債務も相続しなければなりません。そして、被相続人が多額の負債を負っている場合は、相続人にとって経済的にも精神的にも大きな損害となることも考えられます。
そこで民法は、相続人が一定期間の間に、相続するかどうかを自由に決めることができるように定めています。すなわち、相続人は、相続の開始があったこと(被相続人が死亡したこと)を知ったときから3か月以内に家庭裁判所に相続の放棄を申し出ることで相続問題から離れることができるのです(民法938条、915条)。
また、民法は、この3か月以内に相続人が、相続によって得た積極財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して相続を承認することができることも規定しており、この承認を「限定承認」と呼んでいます(民法922条、924条)。この3か月の期間内に相続の放棄や限定承認をしなかった場合は、単純承認したものとみなされ、無条件で被相続人の権利義務を相続することになるのです(民法920条)。なお、相続人が複数いるときは、限定承認は相続人全員で行う必要がありますが(民法923条)、相続放棄は単独でもすることができます。
なお、相続放棄と似て非なるものに「相続分の放棄」があります。相続分の放棄は民法に規定がありませんが、複数の相続人がいる共同相続において、相続人の地位を失うことなく相続分を放棄して積極財産の承継を受けないものです。これは相続放棄のような3か月以内という期間の縛りはなく、相続開始後、遺産分割までの間ならいつでもすることができます。また相続人の地位を失わないため、借金等の消極財産があれば、それを負担する義務があります。