自信家ビル・ゲイツでさえ、ここまで心配性
1984年、テレビ司会者のジェーン・ポーリーが当時28歳だったビル・ゲイツにインタビューを行なった。
「あなたを天才と呼ぶ人もいます。それに気後れすることもあると思いますが……」
ゲイツは無表情だった。なんの感情も示さず、返答もしなかった。
「そうですね。気後れはしませんよね」と、ポーリーは引きつった笑みを浮かべて言った。
またしても、ゲイツは反応なし。
もちろん、彼は天才だ。そのことは本人もわかっていた。
ゲイツは19歳で大学を中退した。各家庭の各デスクにコンピュータが置かれるようになるべきと考え、そのために早く行動を起こしたかったからだ。自分の能力に自信がなければできないことだ。マイクロソフトの共同創業者のポール・アレンは、ゲイツと初めて会ったときのことを次のように書いている。
しかし、ビル・ゲイツにはもう一つの側面があった。揺るぎない自信とは裏腹に、パラノイア(偏執病)といえるほどの心配性だったのだ。
ゲイツはマイクロソフトを立ち上げたその日から、収益がたとえ12カ月間、途絶えたとしても、会社が存続できるだけの現金を常に銀行に入れておくことにこだわった。
1995年、彼はインタビュアーのチャーリー・ローズから、なぜそんなに多くの現金を手元に置いておくのかと質問された。これに対し、ゲイツは、テクノロジー業界の移り変わりは目まぐるしく、翌年のビジネスも保証されていないからだと、返答した。
「マイクロソフトも例外ではない」と。
2007年に、ゲイツはこう振り返っている。
ここでも、自信に満ちた楽観と、重々しい悲観とがうまく混じり合っている。おそらくゲイツは、短いスパンを乗り切るだけの悲観的な見方ができなければ、長期にわたって楽観的な見方はできないと理解していたのだろう。
ここで重要なのは、楽観と悲観にはさまざまな度合いがあるということだ。
一方の端には生粋の楽観主義者がいる。彼らは何もかも最高で、これからもずっと最高に違いないと考える。そして、ネガティブ思考を性格上の欠点とみなす。こうした考えの根底には自尊心がある。彼らは自分に自信がたっぷりあるから、うまくいかないことなど想像できない。
もう一方の端には生粋の悲観主義者がいる。彼らは何もかも最悪で、これからもずっと最悪に違いないと考える。そして、ポジティブ思考を性格上の欠点とみなす。こうした考えの根底には自尊心がある。彼らは自分にほとんど自信がないから、うまくいくことなど想像できない。
両者は対極に位置し、どちらも同じように現実からかけ離れている。
極端な楽観主義と悲観主義、その両方ともが危険なことに変わりはない。にもかかわらず、楽観と悲観を白か黒かでとらえ、どちらか一方を選ばなければならないと思うと、片方だけが理にかなっているように見えてしまう。
いちばんよいのは、その中間だ。私は彼らを「合理的楽観主義者」と呼んでいる。彼らは、歴史とは困難や失望や挫折の連続であると理解しながらも、楽観的な見方をやめない。なぜなら、たとえ挫折しても、最終的には進歩につながると知っているからだ。まるで偽善者か日和見主義者のように聞こえるが、彼らはただ、ほかの人より先を見ているだけだ。