イーロン・マスクの常軌を逸した二面性
私が長らく真実だと思ってきたこと、そして、誰もがよく考えれば必ず思い至ることだが、ある一つのことに異常なまでに優れた人は、ほかのことが異常なまでに苦手な場合が多い。あたかも、脳が許容できる知識と感情の量は限られており、異常なスキルがその人の脳から容量を奪ってしまっているかのように。
イーロン・マスクを例に取ろう。
いったいどこの32歳が、GM(ゼネラル・モーターズ)、フォード、NASAを一挙に敵に回そうと思うだろうか? それは完全に常軌を逸した人間だ。一般常識など自分には当てはまらないと考える人。自己中心的だからではなく、純粋に、骨の髄までそう信じている人。たとえば、ツイッター【訳注:現在はX】のマナーなど気にしないような人だ。
火星へ移住するために平気で私財をなげうつような人物は、「大口を叩いたせいで炎上するのではないか」と気にしたりしない。火星の大気中に核爆弾を落としつづけることで火星に人間が住めるようにしようと提案するような人は、「現実離れしたことを言っているかもしれない」と不安になったりしない。
人類はコンピュータのシミュレーションである可能性が99.9999パーセントだと言うような人は、株主に守れもしない約束をして心配したりしない。
仮設テントにテスラ・モデル3の組み立てラインを再構築して数日のうちに、洞窟に閉じ込められたタイの少年サッカーチームを救おうとし、さらにその数日後にミシガン州フリントの水汚染問題の解決を約束するような人は、弁護士の署名を重要な手続きと考えたりはしない。
人々はマスクの「先見の明」のある天才的な側面を愛する一方で、常識にとらわれない独自の考え方で行動する側面は受け入れがたいと思っている。しかし思うに、この2つの側面は切り離せない。この2つは、一人の人間における性格特性の一得一失なのだ。
戦闘機パイロットのジョン・ボイドもそうだった。天才であると同時に、鬼のような社長にもなれたスティーブ・ジョブズもそうだった。ウォルト・ディズニーもそうだった。彼の野望によって、関わったすべての会社は倒産の危機に追い込まれた。
元国家安全保障問題担当大統領補佐官のマクジョージ・バンディは、月に行くなど常軌を逸した目標だと、かつてジョン・F・ケネディ大統領に言った。ケネディはこう答えた。
「不屈の精神がなければ、40代で大統領選に出馬などしないよ」