不動産業者のできること・しておくべきこと
さて前のページまでは高齢者の立場になって検討してきましたが、ここからは反対に、不動産業者の立場となって検討してきます。
不動産業者としては、不動産契約が締結されたあとに「意思能力がなかった」などと契約の有効性を争われたり、契約を蒸し返されたりする事態は避けたいはずです。すでに第三者に売却するなど、取引行為が完結しているにもかかわらず、この点を争われると、不動産業者としても不利益を被る可能性が高くなります。そのため、以下に不動産業者が契約の有効性を守るためにできることの例を挙げていきます。
売買契約直前に医師の診断書を取得しておく
売買契約当時の意思能力について、問題がなかったと担保を取るために行います。
会話で意思確認を行いつつ、録音しておく
実子などを同席させて契約を行うケースがあります。しかし、実子が同席したからといって契約を交わした高齢者の意思能力が上がったり下がったり、あるいは客観的に担保されたりするわけではありません。そのため、契約時の実子の存在は法的なリスクヘッジではなく、あくまで事実上のリスクヘッジに留まります。
なお、契約のきっかけや動機面もきっちりと確認して証拠に残しておくべきです。自宅の売却となると、自分の住むところがなくなるわけですから、なぜ自宅を売却するのか、きっちり確認しましょう。
司法書士に、決済時に意思能力について確認してもらう
紛争時は証人になってもらうためです。証人としては有効ですが、一方で、司法書士の立場からすると、トラブルに巻き込まれたくないと断られるケースが一般的かもしれません。
公証役場において、公証人関与のもと公正証書で売買契約書を作成する
公正証書は、意思能力を担保する医師による診断書とは性質が異なります。そのため、裁判で公正証書が無効とされ、契約が認められないと判断された事例もあることには留意すべきでしょう。
実際にあった裁判例
意思無能力と判断された裁判例 東京地判平成26年2月25日
裁判所鑑定が判断能力や意思能力が著しく低下しているとは思われないと判断したのに対し、意思能力がなかったとの判決が下された珍しい事案です。
またこの判決は、金額の妥当性という点よりも、所有者の母が、関係の良好な子が居住中の不動産を売却したという点と、不動産業者(買主)が不動産取引の専門家として十分な注意義務を尽くしたかどうかにも着目しています。取引内容の合理性などを含め、意思能力の有無を判断する際の考慮事情を検討する際の参考になります。
公序良俗違反無効とされた裁判例 東京高判平成30年3月15日
売主は、認知症の影響により記憶力、コミュニケーション能力、集中力、注意力、論理的思考力と判断力等が相当程度低下していました。1億3,000万円以上もの客観的交換価値を有する不動産が、その半分以下の6,000万円で売却され、売主は一連の取引により、生活の本拠であり収入源でもあった不動産をすべて失い、手元に生活費等がまったく残らない状況に。
これらの点から、買主が売主の状況等に乗じて莫大な利益を得ようとして行った、経済的合理性を著しく欠く公序良俗違反の取引として、契約無効と判断されました。
契約が無効・取り消しになるかどうかの判断基準
今回は、高齢者の不動産売買における被害事例と、法的救済、そして不動産業者が留意すべき点について解説しました。高齢者は判断能力の低下などから不当な契約を結んでしまうリスクがあり、具体的な被害事例としては、強引な勧誘、不当な低価格売却、虚偽の説明、認知症につけ込んだ契約などが挙げられています。
契約が無効・取り消しになるかどうかは、
・認知症の有無や程度
・契約締結時の年齢、契約の動機、契約締結前後の事実経緯
・行動、判断および取引内容の客観的合理性
などが重要になります。実務家にトラブル相談をする際は、事前にこうした点を押さえておきましょう。
西明 優貴
弁護士
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