経済的自由に近い「スモールビジネス経営者」
皆が憧れる「経済的自由」ですが、これを最も容易に得られるのは、大企業の経営者ではなく、スモールビジネス経営者だといえます。社長1人から2~3人で事業を立ち上げる、売上数千万円から数億円のスモールビジネスは、派手さこそありませんが、心理的な重圧も少なく、堅実でしくじりにくく、自由度が高いのです。
とはいえ、どのようにスモールビジネスを立ち上げるのか、想像できない方も多いでしょう。ここでは、自身もスモールビジネス経営者で、スモールビジネス支援オンラインコミュニティ「BMRスモールビジネス研究所」を運営する内田誠也氏の話を聞きながら、ビジネス立ち上げまでの具体的なプロセスをご紹介します。
IT業界に憧れつつも、東京のOA機器の営業会社へ
小峰:スモールビジネスを始めるまでの経歴を教えてください。
内田:私は福岡県の出身で、福岡県内の私立大学を卒業しました。大学時代、堀江貴文さんの小説『拝金』などを読んで起業やIT業界に憧れ、卒業後は東京のIT企業に就職したいと考えましたが、ハードルが高く、そのため「ITでなくともまずは東京へ」と思い、OA機器の営業会社に入社しました。
小峰:どのような会社だったのでしょうか?
内田:関東全域で複合機の営業を行う会社で、私は秋葉原支店に配属されました。具体的には、テレアポ(電話でアポイントを取り付けること)と対面での商談からクロージング(テレアポで取り付けたアポ先を訪問して契約締結)の2つに取り組んでいましたが、私はテレアポが得意ではなかったので、主に商談を担当していました。
小峰:仕事の流れはどのようなものでしたか?
内田:あくまで私の所属していた支店の10年前の話ですが、その会社ではアポ取りから商談、契約締結まで、1日で終わらせていました。都心の会社は、こういったOA機器の契約は複数の会社から相見積もりを取って条件を比較して決めることが多いため、何百万円もする複合機を即決では契約してくれません。しかし、地方のお客様は即決でご契約いただけることが比較的多く、この経験を通じて「だれに対して、どのようにしたら売れるのか」を肌で感じることができました。
次のフィールド「男性化粧品販売」では成果が出せず…
小峰:その後について教えてください。
内田:もともと、IT業界で仕事がしたい、将来起業したいという考えでいたことから、このOA機器の営業会社は1年弱で退職しました。その後、男性用化粧品の会社で販売店への営業を行いました。
小峰:結果はどうでしたか?
内田:それまでの営業とはまったく別物で、全然契約がとれませんでした。営業といっても、商材、売る相手がどういう人かによってさまざまだと痛感しました。結局、こちらも3ヵ月ほどで退職しました。
いまのビジネスにつながる「SEOコンサルティング業務」へ
内田:その後、SEOコンサルティングを提供する会社に転職し、新規獲得営業とコンサルティング業務に従事しました。やりがいがあり、楽しかったのですが、あくまで外部からの提案で、実際に中の人となってプロジェクトを進行できないもどかしさがありました。
小峰:その後、また新しいところへ移られたのですね?
内田:はい。SEOメディアを運営していた会社に転職しました。そこでは、薄毛、ダイエット、脱毛、バストアップという、コンプレックス系の分野のSEOで集客し、商品を紹介してアフィリエイト報酬を得るという方法で急成長している会社でした。ですが、検索エンジンのアルゴリズムが変更され、売上がほぼ消失するほどアクセスが激減しました。薄毛に関する知見を活かして育毛剤のD2C事業も立ち上げましたが、会社は解散してしまいました。
小峰:そうでしたか…。
内田:でも、そこで「記事を書き、アクセスを集め、収益に繋げる」スキームを学ぶことができ、その後の起業にも繋がっていきました。
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