かつては患者本人ではなく、家族の意志が尊重されていた
2つ目の要因として、医師が患者本人に病名や死期を告知するようになったことが深く関わっているように思います。
80年代は、癌患者に病名を告げることは、完全にタブーとされていました。これは、ある有名な医師が癌におかされている事実を知った際に人生を悲観し、精神を病んでしまったというエピソードがルーツとなっています。「医療に従事している医師ですらそうならば、一般の患者さんならば耐え切れないだろう」と推察されてのことでした。今ならば「癌の恐ろしさを知っている医師だからこそ苦しんだのでは?」という指摘もあるかと思いますが、当時はそのようには考えられていませんでした。
私も例にもれず指導医から「癌の告知はしないもの」と教わりました。ところが、その数年後から告知をしないことに対して「おかしいのでは?」という風潮が生まれました。
きっかけの1つに、とあるアンケート調査があります。「もしも貴方が癌を患ったら、そのことを知らせてほしいですか?」という質問に対して、一般回答は86%、医師のみに回答者を絞ると61%が「知らせてほしい」と回答したのです。
一方で、「家族が癌を患ったら、あなたは病名を告げますか? あるいは告げたいと思いますか?」という質問に対して「告げたい」と答えた人は20%、「告げない」と答えた人は80%に上りました。
すなわち「家族が癌になったら自分は告げないだろう」けれども「自分が癌ならば、知りたい」という、多くの人々の考えが明らかになったのです。
病名や死期は秘匿する時代から、告知する時代へ
私は「このギャップを何としてでも埋めたい」と考えました。なぜなら、当時は患者さんが癌と診断されると「まずはご家族に伝えて、治療方針や本人にはどのように説明するかを打ち合わせする」という方法が一般的だったからです。
たとえば、胃がんを患う患者さんには「胃潰瘍です」と嘘の病名を伝えてさらに「手術をすれば治ります」と説明する。といった形が主流でした。ご家族の多くが抱いていた「本人には癌を告知せず、別の病名を伝えたい」という意向が尊重されていたのです。
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