※本稿は、筆者の寄稿(日本経済新聞 私見卓見『M&A支援、給与体系を見直せ』2024年6月7日掲載)をベースに、筆者自らが加筆したものです。
M&A仲介業界の「行き過ぎた給与体系」が助長するトラブル
M&A仲介サービスの利益相反問題はこれまでたびたび指摘されてきました。近年でも中小企業庁が設置する情報提供窓口へのM&A当事者からのトラブル報告が後を絶たず、中小企業庁の指導のもと自主規制団体であるM&A仲介協会が旗振り役となって、業界の健全化を急いでいます。
(M&A仲介協会の取り組みの詳細については、過去記事『成約1件につき「担当営業マンに1,000万円超のボーナス」!? 中小企業オーナーが知っておきたい「M&A仲介サービス」の利益相反問題【専門家が解説】』で解説したとおりです。)
繰り返しになりますが、M&A仲介サービスは、中立の立場で売り手と買い手のマッチングを提供するサービスです。特定の当事者を保護し、利益を追求する機能はありません。M&A仲介サービスに本来求められる中立の立場を維持するためには、両者を差配できる立場にあるM&A仲介会社の担当者が、顧客の利益よりも自己の利益を優先させることがないような防止策を講じていく必要があります。
この点、M&A仲介会社における従業員の給与体系がトラブル発生を助長してしまっているように思います。M&A仲介業界では、基本給与が低い水準に設定され、成約1件につき数百万円、案件によっては1,000万円超のボーナスが支給される設計になっていることも少なくありません。このような給与体系では、背に腹は変えられずに担当者が自分のボーナスを優先させてしまうこともあるのではないでしょうか。その担当者に守るべき家族がいればなおさらです。
M&A仲介サービスは、特定地域内におけるM&A取引の促進を主な目的として、地域金融機関においても提供されています。ただ、情報提供窓口等を通じた地域金融機関へのクレームは、独立系のM&A仲介会社に対するものと比べてはるかに少ない水準ではないでしょうか。背景には地域金融機関の公共性もあると考えられますが、金融機関における健全な給与体系がトラブルを防止する役割を担っているのではないかと捉えています(ちなみにメガバンクにおいては、金融庁の指導のもと、利益相反のあるM&A仲介サービスの提供は行われていません)。
中小M&A業界に優秀な営業マンを集めるという点では、このような給与設計は非常にうまく機能してきました。中小企業においてもM&Aが一般的になったことへのM&A仲介サービスの貢献は大きいものです。しかし、M&A仲介サービスの利益相反問題を原因とするトラブルがやまないのであれば、業界全体として、行き過ぎた給与体系を見直すべきでないでしょうか。M&A仲介サービスの存続が危ぶまれるいま、業界は大きな転機を迎えています。
仲介サービスの枠組みの中で短期的にトラブルを減らしていくうえでは、業界の給与体系に一定のルールを定めることが有効でしょう。行き過ぎた給与体系でM&Aの当事者と仲介業者との間の利益相反リスクを顕在化させないための努力が、業界全体として求められています。中長期的には、諸外国と同様、M&A当事者の立場に立った支援が可能なFA(ファイナンシャル・アドバイザリー)サービスの普及が役立つと考えています。
「買い手・売り手双方を顧客とするサービス」ゆえの限界も
M&A仲介業界が健全化を果たせたとしても、M&A当事者の利益を保護する目的においては、売り手・買い手双方を顧客として中立の立場で支援をするM&A仲介サービスの構造には、限界があります。この点はこれまでもお伝えしてきたところです。過去記事『中小企業オーナーが知っておくべき、「M&A仲介サービスでは売り手の利益追求が難しい」根本理由【専門家が解説】』で紹介したルシアンホールディングス事件においても、株式譲渡の実行時に売り手の経営者保証(会社に対する連帯保証)を新オーナーへ切り替える義務が果たされなかったことが原因で、売り手オーナーが大きな損失を被る結果となりました。
こうした事件は、「当事者の利益のために交渉支援ができない」M&A仲介サービスの構造上の限界を露呈するものであり、当事者の利益を守る役割を担うFAサービスがしっかり支援をしていればそのうちの多くは避けられたはずです。
そのほかにも、M&A成約後に買い手から合理的とは言えない損害賠償請求を受ける、退職金を約束どおり払ってもらえないといったトラブルについて、当社でも売り手オーナーから相談を受けることがあります。その多くは株式譲渡契約書等において売り手が過度なリスクを負っており、買い手にそうした行為を認める余地を残す条件となっています。厳しい言い方をすれば、売り手もその条件で契約締結したのが悪いのです。
M&A仲介サービスは、あくまでも売り手と買い手の両者を中立の立場でマッチングするサービス。そう割り切って活用しなければ、オーナー経営者の専門家に対する期待と、仲介サービスで提供できる支援の現実との間に大きなギャップが生まれてしまうため、注意が必要です。
仲介サービスで一般的に使われている譲渡契約書の雛形と、売り手にとってのリスクについては、本連載の別の機会に解説したいと思います。
作田 隆吉
オーナーズ株式会社 代表取締役社長
本稿執筆者登壇!>>1/13配信
事業譲渡「失敗」の法則
M&A仲介会社に任せてはいけない理由
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