富裕層にも、富裕層を目指す人にも読んでほしい
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相続税対策の方向性は2つ
事業売却直後のオーナーの資産構成は、現預金が中心です。現預金を相続する場合は額面に対して最高税率55%の相続税が課されるため、相続後の資産を子どもや孫にできるだけ残そうと考える場合には、何かしらの対策を講じる必要があります。こうした相続税対策は、相続財産を増やすことによる対策と、相続財産を減らすことによる対策に大別できます。
相続財産を増やすことによる相続税対策
売却後のオーナーが取り組む相続税対策としては、まず、資産運用等により資産を増やす対策が挙げられます。相続財産が増えれば相続による納税金額も増えますが、残る資産が増えればよしとする対策です。後述する「相続財産を減らすことによる対策」は、節税目的とみなされると税務当局に否認されるリスクが存在しますが、この「資産を増やすことによる対策」そのものには税務リスクは存在しません。
資産を増やすことによる対策には、資産運用のほか、保険を活用する場合もあります。その一つが「一時払い終身保険」を活用するケースです。一時払い終身保険については払込保険料に対して大きな死亡保険金が用意できるため、運用と似た効果が得られます。
払込保険料に対する死亡保険金の割合をレバレッジ率といいます。レバレッジ率は契約通貨国の金利情勢によって異なり、執筆時現在では米国の金利が高く、レバレッジ率も魅力的な水準となっています。
このほか、保険と運用の両側面を併せ持った「変額保険」を活用するケースもあります。変額保険は、死亡保障を準備しながら特別勘定の運用実績によって満期保険金額・積立金額等が増減する商品です。
インフレヘッジの必要性を感じてはいるものの、金融商品等による運用に抵抗感がある方も一定数います。そうした方にとっては保険のほうが取り組みやすい場合があるようです。
相続財産を減らすことによる相続税対策
資産を増やす対策のほか、相続財産を減らすことによる対策も考えられます。具体的には、生前贈与によって相続財産を減らしていく方法です。
この点、毎年110万円の贈与税の基礎控除(非課税枠)があることはご存じの方も多いでしょう。この基礎控除額110万円は、「受贈者(財産をもらう人)1人あたり」の枠であることがポイントです。
ほかにも、子どもや孫の学費・教育資金(上限1,500万円)、結婚・子育て資金(上限1,000万円)、住宅取得等資金(省エネ等住宅は上限1,000万円、それ以外の住宅は上限500万円)[菜須1] などを目的とした一括贈与については贈与税がかからない制度も存在します。
なお、財産所有者が亡くなった日から遡って7年以内における相続人への贈与は相続財産の対象となると定められています(いわゆる「生前贈与の持ち戻し」)。よって、暦年贈与は中長期での取り組みが必要です。
暦年贈与に関しては、お子様やお孫様が、若年にして大きなお金を手にすることに抵抗感を持つ方も一定数います。そのようなケースでは、「平準払い保険」を活用し、贈与した資金をそのまま保険料として充当するといった対策も考えられます。
富裕層においては上述の非課税枠に限らず、相続税率との比較で生前贈与がメリットを取れる金額まで贈与を行う場合もあります。税務の専門家を交えて、ご自身のケースにおいて最適な贈与計画を検討するとよいでしょう。
●相続時精算課税制度
上述の非課税枠のほかに「相続時精算課税制度」という、60歳以上の父母や祖父母から、18歳以上の子や孫に贈与をするときに利用できる制度があります。相続時精算課税制度を選択する場合、贈与者1人につき累計2,500万円まで(贈与回数に制限なし)、贈与時の課税を繰延べて贈与することが可能です。
なお、相続時精算課税を選択した場合においても110万円の基礎控除が適用され、基礎控除額を超える贈与が相続時精算課税の対象となります。基礎控除後の贈与財産が特別控除額2,500万円を超えた場合、その贈与財産には一律20%の贈与税がかかります。この納税金額については、贈与者が亡くなったときの相続において相続税額から控除することが可能です。このように、贈与した財産が相続時に相続財産として加算されるため、相続時精算課税は“贈与税を後払いする制度”と整理することができます。
相続時精算課税のメリットは、贈与財産の「贈与時の時価」で相続税が課税されることです。その後の運用によって財産価値が増加した場合においても、贈与時以降の財産価値の増分については相続税の対象とはなりません。その点で将来の相続税を軽減できる可能性があります。逆に、財産価値が減少した場合には、相続税負担が重くなる場合があるため留意が必要です。
●不動産による相続税対策
不動産を活用した相続税対策については、実勢価格と相続税評価額が乖離している都市部の不動産を購入することで、相続資産の評価額を圧縮するケースがあります。原則として土地は、実勢価格の80%程度の路線価方式(路線価がない土地は倍率方式)、建物は実勢価格の70%程度の固定資産税評価額によって評価されることにより、相続財産の評価額を圧縮することができるというカラクリです。賃貸用不動産に関してはさらに相続税評価額を下げられるほか、「小規模宅地等の特例」という、一定の要件を満たした土地の相続税評価額をさらに減額できる制度も存在します(詳細は本書では割愛します)。
不動産投資による相続税対策は、このように時価と相続税評価額の価格差を活かすもので、価格差が大きくなるほど節税効果も高くなります。特に都市部の不動産は実勢価格と相続税評価額の価格差が大きくなる傾向にあるため、相続税対策に活用されやすいといえます。
ただし、こうした不動産購入が節税目的とみなされる場合には、税務上否認されるリスクがありますので注意が必要です。現に、相続税対策で不動産を購入した事例において、相続人に追徴課税が行われたケースも存在します。対策にあたっては、税務専門家を交えて慎重に検討するとよいでしょう。
そのほかの相続対策
●一代飛ばし相続
富裕層においては、養子縁組や遺言などを活用して、一代飛ばして孫に相続を行うケースもあります。具体的には、被相続人の孫を養子にして孫にも資産を相続させるといったケースです。
孫に相続を行う場合、孫が子の代襲相続人になる場合(先に亡くなってしまった子の代わりに孫が親の相続人になる場合)を除いて相続税額が2割加算されてしまいますが、それを考慮しても全体の納税額を下げることができます。そのため、資産規模が大きい富裕層の間では活用されることが多い相続税対策です。
なお、前述の「7年間の生前贈与が相続財産に加算される制度(生前贈与の持ち戻し)」の対象となるのは、法定相続人・遺言によって財産を遺贈された人(受遺者)・みなし相続財産(死亡保険金や死亡退職金)を受け取った人と定められています。
法定相続人や受遺者に該当せず、みなし相続財産も受け取らない孫への生前贈与であれば、持ち戻しによる贈与財産の加算はありません。生前にいつでも実行できる点でメリットがあるといえるでしょう。
●海外移住
日本では最大55%の税率で相続税・贈与税が課されます。一方、海外にはシンガポールやマレーシア、香港、UAEなど、相続税・贈与税がかからない国が数多くあります。実は、世界を見渡せば相続税・贈与税が存在する国は全体の半分ほどです。
富裕層においては、こうした相続税・贈与税が存在しない(または税率が低い)国への移住を検討するケースがあります。以下ではまず、日本における相続税・贈与税の納税義務者の範囲について整理していきたいと思います。
〈日本における相続税・贈与税の納税義務者〉
被相続人と相続人(または受贈者・贈与者)のいずれかが日本国内に住所を持っていれば、「無制限納税義務者」として国内財産・国外財産のすべてが課税対象になります。一方、相続人・被相続人(または受贈者・贈与者)ともに「制限納税義務者」の条件を満たせば、相続(贈与)時に課税される対象は日本の財産のみとなります。
この制限納税義務者と認定されるには、相続人・被相続人(または受贈者・贈与者)のいずれもが、外国に10年以上在住していることが求められます。外国に移住することで相続税・贈与税を回避しようとする場合には、10年という長期を要するということです。
この10年という期間は、2017年の税制改正で延長されたもので、以前は「5年」とされていました。そういう意味では、今後の税制改正によってさらに延長されるようなことがあれば、計画が大きくズレるリスクがあるといえるでしょう。
なお、10年以上海外に居住した場合でも、前述のとおり日本国内の財産に対しては相続税・贈与税が課されるのでご注意ください。現預金は送金等によって比較的容易に海外口座へ移管できますが、不動産については処分する際の譲渡所得税が不可避です。税務の専門家を交えて相続税・贈与税と比較し、どちらのほうがメリットを取れるのかを検討する必要があるでしょう。
〈国外転出時課税制度〉
制限納税義務者の条件を満たそうと国外への移住を検討する際は、2015年度の税制改正で創設された「国外転出時課税制度」にも注意が必要です。同制度においては、日本国外に転出をする居住者が1億円以上の有価証券等(含む非上場会社株式)の対象資産を所有している場合、国外転出時に資産の譲渡等があったものとみなされ、含み益に所得税および復興特別所得税が課されます。税務の専門家を交えて、事前に同制度の影響を試算しておくとよいでしょう。
なお、いずれの場合においても、相続税・贈与税だけでなく、所得税などそのほかの税制も併せて移住先の評価が必要である点を申し添えておきます。
以上、売却後オーナーの相続対策を紹介しました。本稿ではあくまでも入門編としての記述にとどめましたが、相続対策の観点でもさまざまな方法があるということを知っておいていただければと思います。
作田 隆吉
オーナーズ株式会社 代表取締役社長
本稿執筆者登壇!>>2/19配信
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